コラム・週刊Blessed Life 229
利他主義による世界平和?
それとも利己主義による人類破滅?

新海 一朗

 フランスのミッテラン大統領(在任期間:19811995)に抜てきされ、多くの政策立案に貢献した思想家として知られるのが、ジャック・アタリ(1943~)という人物です。
 彼は経済学者であり、また思想家でもあります。アルジェリア出身のユダヤ系フランス人です。

 ミッテラン政権時代には、大統領顧問を務め、欧州復興開発銀行(EBRD)の最初の総裁(19911993)にもなりました。
 サルコジ政権やオランド政権、マクロン政権などにも影響を与え、いわば歴代のフランス大統領のご意見番になっているといった感じです。

 彼は社会主義的思想の持ち主であるにもかかわらず、その影響力の強さから、アタリはしばしば「欧州を代表する知性」と呼ばれたりします。
 彼の著作『2030年ジャック・アタリの未来予測―不確実な世の中をサバイブせよ!』(『VIVEMENT APRÈS-DEMAIN!』、2016年発行)は、非常に多くの人に読まれ、注目を集めてきました。

 アタリは、現在の世界は「憤懣(ふんまん)の社会構造」になっていると断言します。
 その原因は、「市場」と「民主主義」の関係にあるとし、グローバリゼーションの影響で、両者の関係が不安定になったと言っています。その不安定さが人々の心を不安にし、やがて怒りに発展、さらに憤懣へとエスカレートしていったというのです。

 グローバリズムが進展すると、市場が暴走し、その結果、市場での成功者に富が集中して格差が広がるというのですが、その原因は、グローバルな市場を縛る明示的な法律や仕組みが存在しないということに起因すると述べています。

 こういう状況の中で、リーマンショックのような地球規模の危機が起きたのです。人々の憤懣と激怒がテロリズムを誘発し、民主主義は見捨てられ、全体主義が息を吹き返す危険性も広がりました。
 行き着く先は「戦争」の勃発になるかもしれない危機的状況が到来しています。最悪の場合、人類文明は終焉(しゅうえん)する、とアタリは警告します。

 ジャック・アタリは『2030年ジャック・アタリの未来予測』の中で、暗澹(あんたん)たる未来、非常にネガティブな未来像を描きましたが、必ずしも悲観的な未来だけを述べているわけではありません。

 人間一人一人が変わることが最も大切であるという観点から、希望があるということも語っています。

 市場で自由が追求されると、「自分さえ良ければいい」という利己主義的風潮が蔓延(まんえん)します。その利己主義はグローバルな市場ではコントロールするすべがないと考えられがちですが、一人一人が自らの内面を変革し、利己主義を捨てて利他主義を目指せば、利己主義による世界破滅を防ぐことができると語ります。

 アタリは『2030年ジャック・アタリの未来予測』の中で、「利他主義者になるためのステップ」、すなわち「10の段階」というものを述べています。

 要約すれば、その最初のステップは死の自覚から始まるとし、死の対極にある生、すなわち生きている時間を有効に生きるべきことを徹底的に自分に言い聞かせることから始めよと言います。
 次のステップとして、全ての他者と世界人類全体に「関心」と「共感」を持ち、自分と世界は相互依存していること、自分の幸福は他者の幸福に依存していることを自覚せよと忠言します。

 そこまでできれば、最後のステップとして他の人々の益となる有意義な行動の立案が可能となり、その計画を実行するところまで行くだろうと述べています。

 アタリの「世界を変えるために必要な『自己変革』の10段階」の提示は、彼の深刻な問題意識から出たものですが、「自己変革」という倫理的、宗教的な問題は、古くて新しい問題であり、利己的な人間がどうやったら利他的な人間に変わることができるのかという非常に難しい問題です。

 アタリの「自己変革の10段階」は、以下のようになっています。

①自分の死は不可避だと自覚せよ
②自己を尊重せよ、自分自身のことを真剣に考えよ
③変わらない自分を見つけよ
他者が行おうとすること、そして世界の行方について絶えず熟考しながら、自分自身の考えをまとめよ
⑤自分の幸福は他者の幸福に依存していることを自覚せよ
⑥複数の人生を同時的かつ継続的に送る準備をせよ
⑦危機、脅威、落胆、批判、失敗に対する抵抗力をつけよ
⑧不可能なことはないと思え
⑨実行に移す
⑩世界のためにも行動するよう準備せよ

 これらの10のテーマが自己変革(利己主義から利他主義への転換)を促進する項目であるとアタリは語っています。