2022.07.19 12:00
スマホで立ち読み Vol.17
『祝福家庭と神の血統』5
世界平和統一家庭連合家庭教育局/編
スマホで立ち読み第17弾、『祝福家庭と神の血統』を毎週火曜日(予定)にお届けします。
本書は、祝福と神の血統の価値を図解付きで分かりやすく学ぶことができます。祝福準備、祝福教育を進めていく前に、一度読んでおきたい一冊です。
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序章
四、真の父母による恩赦
神様の血統を失ってしまった堕落の行為を反復する再堕落というのは、本来、決して赦(ゆる)されることではありません。しかし、真の父母様は人類の親であるがゆえに、たとえそのような立場に立った人でも、救いを受ける道を開いてくださいました。ただし、その背後で、真の父母様と真の御家庭が蕩減(とうげん)条件を立て、犠牲を払ってこられたという事実を、私たちは忘れてはなりません。
1995年8月30日、真の父母様の主管のもと、血統問題、すなわち神様の血統を守れなかった問題を清算するための恩赦特別集会が行われました。この時は、一世として祝福を受けた後、様々な事情で男女問題を起こしてしまった人々が対象でしたが、真の父母様は集会の参加者に対して、このように語られました。
あなたたちを忘れることができません。この道を歩む数十年の過程で、先生を見つめながら涙を流し、その心で自分の足りなさを悔い改めた一日があるというのです。(中略)
なぜこのような特赦を下すのかといえば、忘れることができないというのです。顔を見れば、切ってしまわなければならないのに、手が震えます。私が寂しい時、同調者になろうと苦労してきました。
皆、涙を流して、先生のために生きようとしたでしょう。それゆえ、私も神様の前に足りないので、私の前に足りないこれらを、収拾する責任を負おうと考えたのです。皆さんを同情して、この日を設けてあげる、出発の瞬間であることを知らなければなりません。(中略)
神様に尋ねてみると、私は、それでも少しましだというのです。神様の喜びの対象として現れ得る立場を描いてきたが、その現れる前に、主体たるアダム・エバという存在が堕落してしまったというのです。長い期間を蕩減してくる中、皆さんが離れたといえども、ひとときは私のために生きようという存在だったということを考える時、(私は)神様よりもましだと思いました。
そのような責任を負い、神様の前に談判祈祷をして、このようなことをしているという事実を知らなければなりません。(1995年8月30日、「祝福家庭」1996年夏季号、45~47頁)
このように、再堕落した祝福家庭に対して、真の父母様が神様の前に談判しながら、救いの道を開いてくださったのです。しかし、この当時も、真の父母様は祝福子女が再堕落した場合、「いくら考えても、まだその(救いの)道を探せない」と言われたといいます。
その後、血統問題を起こしてしまった祝福子女も、再び天のもとに帰ってくることのできる道が開かれ、祝福二世に対する恩赦が行われるようになりました。そのような事実を見て、私たちはややもすると、それらを定期的に行われる一つの行事のように捉えやすいですが、「救いの道がない」と言われていた祝福子女に対する恩赦が行われるようになった背後に、誰にも言うことのできない、真の父母様と真の御家庭の犠牲があるのです。
ですから、本来であればこのような恩赦を受けなくても済むように、私たち個人、夫婦、家庭全体が天の願いに沿って生きなければなりませんし、仮に、このような恩赦が行われたとしても、その背後にある真の父母様の心情と犠牲に思いを馳(は)せ、厳粛で謙虚な気持ちで受け止めていかなければなりません。
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次回は、「神の血統を通して、平和世界の実現を」をお届けします。お楽しみに!