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至誠感天 家和万事成 119
祈祷する際の態度

 今日も「一日の出発のみ言」をお届けします。

(光言社・刊『至誠感天 家和万事成』より)

第三章 信仰生活の四大指針

第一節 祈祷生活の呼吸化

(二)天に通じる祈祷

内的姿勢⑥

 良心の呵責(かしゃく)を受けることがあれば、祈祷できません。「お父様」という言葉を言うことが、あまりにも恥ずかしいのです。「お父様」という言葉を言うことが、どれほど大変か分かりません。良心の呵責をもちながら、「愛するお父様……」と言うのは、うそをつくのと同じです。ですから、恥ずかしく思わなければなりません。

 自分の同志に会っても、礼節をわきまえる心がなければならないのです。神様の前に出ることが恥ずかしく、お父様の前に立つことが恥ずかしく、自分の姿勢を正してまた正す、このような態度が必要です。

 そのようなところで、このような子女でも、誇らなければならないお父様の事情を考え、世の中が悪であるがゆえに、このような私を必要とされるお父様の事情があることを考えなければならないのです。このような心で神様の同情心を誘発させてから、「お父様」と呼ばなければなりません。そのときは、「お父様」と言っただけで涙が出てくるのです。そうして悔い改めてこそ、その悔い改めが神様の前にふさわしい悔い改めになるのです。人間は罪を犯すのが当然で、神様は赦(ゆる)してくださるのが当然なのではありません。(431131971.4.25

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 明日は、「外的方法①」をお届けします。