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世界はどこに向かうのか
~情報分析者の視点~

金総書記、新型コロナ感染を「建国以来の大動乱」と警戒

渡邊 芳雄(国際平和研究所所長)

 今回は、59日から15日までを振り返ります。

 この間、以下のような出来事がありました。

 比大統領選、マルコス氏の当選確実(9日)。ロシア、対独戦勝記念日(9日)。中国のゼロコロナは持続不可能、WHO(世界保健機関)が見解(10日)。韓国、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領就任式(10日)。北朝鮮、新型コロナウイルス感染者を初めて公表(12日)。北朝鮮、短距離弾道ミサイル3発発射(12日)、などです。

 北朝鮮が新型コロナ患者の発生を初めて報告しました。
 全世界が呻吟(しんぎん)する中、北朝鮮だけは感染者ゼロだったのです。今後関連する情報が出てくることによって実態が明らかになると思いますが、以下は現時点での分析です。

 まず、北朝鮮の発表内容です。
 朝鮮中央通信は13日、原因不明の熱病が4月末から広がり、これまでに35万人が発熱し、これまで162,000人が完治し、現在187,000人が治療中。12日だけで18,000人の発熱者が確認され、死者は6人であり、新型コロナウイルスの感染が初確認されたと発表したのです。

 金正恩(キム・ジョンウン)総書記は12日、「国家非常防疫司令部」を視察した後、最大非常防疫体系に移行することを宣言し、全域での都市封鎖・ロックダウンを指示しました。「建国以来の大動乱」とも述べています。

 発表された数字に対する信用度は低いのですが、既に感染爆発が起こっている可能性もあります。
 韓国大統領府は13日、北朝鮮の状況を「思ったより深刻だ」とし、尹錫悦大統領はワクチン支援で北朝鮮に対して協議することに意欲を示しました。

 北朝鮮住民へのワクチン接種は進んでいません。2021年には、国連児童基金(ユニセフ/UNICEF)が、中国の科興控股生物技術(シノバック・バイオテック)制ワクチンの供給を提案しましたが、北朝鮮側は拒否しました。中国にワクチンの製造設備などの援助を求めたことがありますが、実現していません。

 また、ワクチンを共同購入・分配する国際的枠組みCOVAX(コバックス)から、昨年割り当てられた中国製ワクチンも受け取りを拒否しています。北朝鮮はファイザーやモデルナなど米国製ワクチンしか信用していないといわれています。

 新型コロナの感染拡大は経済への大打撃になります。2020年にウイルス侵入予防策として中朝間の境界を閉鎖し、中国との貿易額は前年比8割減になりました。
 20221月に鉄道輸送を再開し、13月の貿易額は19,689万ドルで、前年同期比で10倍以上増えましたが、国内感染確認により4月から再び運行を中止したのです。
 「中国の成果に学ぶ」とする金正恩氏の全域都市封鎖の指示によって経済活動は一層停滞することになるでしょう。

 ところが北朝鮮は、感染者の存在を明らかにした12日に、短距離弾道ミサイル3発を発射しました。
 これは21日の米韓首脳会談を控え、対米けん制を意味するものです。首脳会談で、対北経済制裁の維持や、今後、米韓の野外機動演習の再開で合意する可能性があるからです。

 このことから、当面は国際的な支援を受けずに自力で感染拡大を封じる考えではないかと思われます。

 北朝鮮は6月上旬に、朝鮮労働党の重要政策を決める党中央委員会総会を開催するとしています。
 都市封鎖が長期化し、死者が急増していく状況に当局が手を打たなければ、住民の不満は金正恩政権に向かうことも考えられ、外交・軍事政策の方向を左右する局面に逢着(ほうちゃく)することもあり得ます。

 感染拡大を防ぎ、住民の不満を解消するには、国際社会からワクチンや飲み薬の提供を受ける必要があります。しかし米国製ワクチンなどの支援を受けようとすれば、ICBM(大陸間弾道ミサイル)発射や7回目の核実験など、対米武力挑発の選択肢は取りにくくなります。
 大変なジレンマです。金正恩体制始まって以来の重大局面と言ってもいいでしょう。