シリーズ聖歌

 世界平和統一家庭連合の「聖歌」を、第一部1番から順にご紹介してまいります。

 今回は、聖歌の第一部37番「捜し出された羊」をお届けします。

 聖歌37番「捜し出された羊」は既存の讃美歌をもとにして編曲・改詩したもので、作詞者・作曲者ともに不明です。

 羊とはキリスト教でしばしば使われる比喩表現で、神やメシヤ(救世主)に導かれる信徒たちを、羊飼いに導かれる羊たちに例えます。

 有名なものでは羊と羊飼いを用いて神の憐(あわ)れみ深さを説いた「見失った羊のたとえ」(ルカによる福音書 第1517節)という話があり、「神の憐れみの三つのたとえ」の一つともいわれています。

 この歌は曲名のとおり、神によって捜し出された羊(信徒)の感謝と喜びの心情を感じることができる歌ではないでしょうか。

 日本語と韓国語では歌詞の言い回しが違う部分が数カ所あります。日本語は言葉の表現が多様で、韓国語は実に率直に伝えています。韓国語の歌詞を紹介します。

 「羊たちよ、小羊たちよ。あそこの真珠門を望み見よ。七宝で美しく装った新婦のように、われらのために予備したものだ。

 青い山道が険しくとも、道を行く困難を忘れてしまう。望んでいた天国がここなのだなあ。入って来さえすれば福楽なのだなあ。

 天使よ、われらは主の羊であり、集められる羊の群れは誰の家の羊なのか。許諾したその門を入って行かんとすれば、善父の印票を出しなさい。

 開かれたり、大きく開かれたり。天城の真珠門が大きく開かれたり。入って来なさい、早く入って来なさい。慕ってきた私の主にお会いしましょう」

 原曲が韓国語の聖歌は、日本語と聞き比べてみると、聖歌に込められた思いや心情をさらに深く感じることができると思います。


(参照:『成約聖歌』、韓国語聖歌[総カナ・日本語訳付]、Wikipedia「ヒツジ」


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