夫婦愛を育む 134
見えていなかった恩

ナビゲーター:橘 幸世

 感謝の大切さは信仰者ならずとも多くの人が訴えています。
 キケロ(共和政ローマ期の政治家、弁護士、文筆家、哲学者)は「感謝は最大の徳であるだけでなく、全ての徳の源である」とまで言いました。

 そうと分かっていても、私のような凡人は「感謝しましょう」と言われて、気持ちがついていかないことがままあります。

 「数えて見よ、主の恵み」と讃美歌にも歌われていますが、数えるには、じっくりともろもろを振り返る時間が必要かもしれません。

 先日の聖火式に、インターネットを通して参加させていただきました。役事の時間となって、いつもの聖歌が流れ始めた途端、感謝の思いが湧いてきて涙がこぼれました。天から降りてきた、という感じです。

 これまでもしばしば経験してきたことではありますが、霊的なものには鈍い私でも、改めてその恩恵の大きさを体感したひとときでした。天の恩恵は常に受けているのですが、日頃感じ切れていないんですね。

▲10月4日に開催された「2020神日本天運相続孝情奉献聖火式」

 同様に、常に受けていながら、気付いていない、感じ切れていない、人の恩もあると思います。

 くしくもその日は、亡き父の50回忌に当たりました。夜、思いを巡らせる中で、半世紀近くたって初めて気付いたことがあります。

 父は祖父が始めた小さな会社を引き継ぎました。突然の社長の他界で、葬儀後親族会議が持たれます(子供の私は不参加です)。

 会社を畳めば、従業員の中には路頭に迷う者も出るだろう、息子に先立たれた祖母には加えてつらいことだろうと、事業を継続する方向で意見が一致しました。

 結果、当時高校3年だった兄が進学を断念して会社を継ぎ、最初の3年間は父の弟である二人の叔父がサポートすることとなりました。
 二人とも会社員でしたが、上の叔父は仕事を続けながら毎週末来て社長として責任を持ち、下の叔父は会社を休職して家族ごと移り住み専務として実務を見てくれました。

 3年たち、会社を兄に任せ、叔父たちはそれぞれの生活に戻っていきました。その後も、叔父夫婦は母をしばしば旅行に誘うなどして支えてくれました。
 親族間の争いをよく聞きますが、わが家は本当に恵まれているとずっと思ってきました。良い叔父たちのおかげ、と。

 でも、父を失ったばかりの当時の私は、知りながらも思いを寄せない点があったのです。叔父たちが実家の事業に手を貸すと決めた晩、下の叔父の奥さんが泣いているのを見ました。
 叔父は「わがままなんだから」といさめていましたが、結婚して数年、突然幼い子供と知らない土地に移ることになったのですから、叔母が不安に思うのは無理からぬことです。

 私自身も結婚し、夫婦で大きな決断を幾度かしてきたからこそ分かることでした。叔父たちだけでなく、自分の複雑な思いをのみ込んで、夫の意思を尊重し従ってきた叔母たちの存在もあって、やってこられた私たちだったのです。
 叔母たちの気持ちにまで思い寄らなかったこと、叔母たちへの感謝が不足していたことに、今更ながら気付きました。

 自分の幸せは、まだまだ多くの見えない人たちによって支えられているのかもしれません(そんなCMがありますね)。
 感謝です。


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