世界はどこに向かうのか
~情報分析者の視点~

「過酷な事態」に異例対応を指示する金正恩氏

渡邊 芳雄(国際平和研究所所長)

 今回は9月7日から13日までを振り返ります。

 この間、以下のような出来事がありました。
 中国国務院香港マカオ事務弁公室、「香港に三権分立が存在したことはない」(7日)。金正恩委員長、台風で経済計画見直しと早期の復旧を指示(8日)。自民党総裁選告示(8日)。合流新党(立憲民主、国民民主)代表に、枝野幸男氏 党名は「立憲民主党」継承(10日)。バーレーン、イスラエルが和平合意(トランプ大統領発表)(11日)、などです。

 金正恩体制の危機状態がより深刻になっています。
 「経済制裁」「コロナ対応で中朝国境封鎖」、そして「7月、8月、9月と連続する豪雨、台風被害の拡大」の三重苦がそれです。

 金正恩委員長は8月、9月と連続して重要会議を開催して対応策を指示し、時には自ら車(日本車)を運転して集中豪雨や台風被害が深刻な地方に出かけて視察し、現地指導に当たっています。

 去る8月19日、朝鮮労働党中央委員会総会が開催されました。そこで来年1月に党大会を招集することを決定し、新たな国家経済発展5カ年計画を示すと表明したのです。

 その時、金氏は「経済成長の目標を達成できず、人民の生活を向上できなかった」と総括する決定書を採択し、「過酷な内外情勢が続き、予想外の挑戦が重なり、経済事業を改善できなかった」と明言しました。金正恩氏が「失敗」を内外に認めるのは異例のことです。

 台風9号が9月2日、3日にかけて朝鮮半島を通過しました。
 5日、金正恩氏は、台風9号による被害を受けた日本海側の咸鏡北道と咸鏡南道を視察し、なんと現地で政治局拡大会議を開催したのです。

 そこで、海沿いでの安全対策に不備があったことを厳しく指摘し、咸鏡南道の党委員長を解任し、後任に党指導部の副部長を充てました。現地では約1000世帯が台風と豪雨によって破壊されたのです。朝鮮人民軍の朴正天総参謀長らも参加しました。

 さらにそこで金氏は、被災地の活動要員としての党員約1万2千人からなる組織の発足を決定し、8日、党中央軍事委員会拡大会議を平壌で開催しました。そして台風9号の復旧対策で朝鮮人民軍部隊の投入をも決定したのです。

 金氏は、平壌の全党員に号令をかけ、若きエリート党員など1万2千人を台風で被災した東部地方に送り出す動員策に打って出ました。金正恩版「紅衛兵」と言えそうです。

 1960年代、中国の毛沢東がかつて「紅衛兵」として若者を駆り立てて政治闘争に打ち勝ったように、起死回生に向けた賭けに出たと見ることもできます。

 北朝鮮の国営メディアは10日、「第一師団」の前日の現地入りを報道しました。1日だけで30万人も志願したとも伝えられています。平壌で高齢者らを除き、現場労働ができるほぼ全ての党員が呼び掛けに応じたかたちです。

 北朝鮮紙は、復旧作業は「重要な政治闘争」であり、「一心団結を強化する契機とすべきだ」と主張しています。

 これまで北朝鮮は、配給や衛生面で首都住民を優先する措置を続けてきました。その結果、首都と地方の格差が極端に広がりました。これ以上の格差を放置すれば、体制の不安定要因になりかねないと判断した可能性もあります。

 上記の内容は、北朝鮮が前例のない異常事態にあることを示しています。
 米朝交渉の行き詰まり、経済の苦境、国民の不満の高まり、まさに限界状況と言えるでしょう。

 金正恩体制が今後の方向性を模索しているのは確実です。これを機に、非核化を動かし、拉致問題を解決する余地が生まれる可能性もあります。