2020.07.24 22:00
愛の知恵袋 127
ソロ社会を生き抜く力
松本 雄司(家庭問題トータルカウンセラー)
単身世帯4割、超ソロ社会の到来
日本では、古来から続いた大家族での暮らしが、戦後わずか数十年で大きく変貌しました。高度経済成長期と共に急増したのが核家族です。「夫婦と子」という世帯が標準になりましたが、家族の分離はさらに進み、2010年の国勢調査から「単身世帯」がトップになりました。
2015年の国勢調査では、「夫婦と子世帯」が28%に対して、「単身世帯」は32.6%になりました。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2035年には「単身世帯」が37%になると予測されており、実に全世帯の4割が単身世帯という超ソロ社会の時代が来ようとしています。
この5年間で「夫婦のみ世帯」も1.6倍に増えましたが、「高齢単身世帯」は、1.9倍に増えています。また、「親と子世帯」も、「高齢の親と、晩婚・非婚・離婚の子」という世帯が増えており、いわゆる“老々介護”の問題が生じています。
年老いた親の介護のために仕事も辞めたが、お金も尽き、疲れ果て、遂には親に手をかけて心中を図るというような痛ましい介護殺人事件が、今や2週間に1件の割合で発生しています。
我々に警鐘を乱打する、京都の心中未遂事件
語ればつらい話になりますが、京都で起きた認知症母殺害心中未遂事件が、その実情を表しています。以下、荒川和久氏の著書『超ソロ社会』を参考に、その事件の経緯を振り返ってみます。
この事件は、2006年2月、認知症になった母親(86歳)を一人で介護していた息子(54歳・未婚)が、母の首を絞めて殺害し、自らも自殺を図ったが未遂に終わった事件です。その10年ほど前、彼の父が亡くなった後から母親の認知症が始まり、だんだん症状が悪化しました。真夜中でも15分おきに起きだすので、昼夜が逆転し睡眠不足になります。さらに、彼が仕事に行っている間に外を徘徊して警察に保護されたりするようになりました。
彼は介護保険を申請してデイケアサービスも受けましたが、昼夜逆転の生活は解決できず、やむを得ず仕事も辞めました。自宅で出来る仕事を探したが見つからず、区役所に3度相談に行きましたが、生活保護の受給は断られました。
失業保険の給付も終わり、カードローンも借入限度額になりました。日々の食費にも困るようになり、遂には3万円の家賃も払えない状況になってしまいました。
思いつめた彼は、最後の親孝行にと、車いすの母親を連れて市内を巡り歩いた後、自宅近くの河川敷に行き、泣きながら母親に語り掛けました。
「もうお金もない。もう生きられへんのやで。これで終わりやで…」
母親は息子の頭をなでながら、「泣かんでええ。…そうか、もうアカンか。一緒やで。お前と一緒やで…」と言ってくれたそうです。
そのあと、息子は自らの手で母親を殺め、そして、自分も死のうとしました。
この事件に対して、検察は懲役3年を求刑しましたが、京都地裁は息子に懲役2年6か月、執行猶予3年の判決を言い渡しました。そして、裁判官は息子に対してこう言葉をかけました。
「痛ましく悲しい事件でした。今後あなた自身は生き抜いて、絶対に自分を殺めることのないよう、母のことを祈り、母のためにも幸せに生きてください」
その言葉に息子は、「温情ある判決をいただき感謝しています。なるべく早く仕事を探して、母の冥福を祈りたいと思います」と答えました。
その後、この男性は、滋賀県で一人暮らしをしながら木材会社で働いていたそうです。しかし、2013年2月、親族に「会社をクビになった」と伝えたのを最後に音信不通になり、翌年8月、琵琶湖周辺で遺体となって発見されました。自殺でした。
彼のことを気にかけてくれた親族もいたのに、なぜその道を選んだのか…残念でなりません。
ソロでも生き抜く力を身につけよう
荒川氏は、「このような事件は個人の自己責任論では済まされない。かといって、行政だけの問題でもない。人まかせ、子供まかせ、行政まかせ、社会制度まかせにしてはいけない。我々一人一人が考えていく必要があるのだ」と言っています。この事件は決して他人ごとではなく、自分の身にいつ起きてもおかしくないことです。では、地域や親族とのつながりが希薄となった時代に生きる私達は、どうしたらよいのでしょうか。
第1は、やはり結婚して一人でも多くの子を養育しておくこと。そして、夫婦・親子・兄弟姉妹の間に強く親密な関係を築いておくことが大切です。
第2は、一人暮らしになった時でも生きていける生活の知恵と、最低限の経済的根拠を、今から準備しておくこと。
第3に、人は孤立しては生きていけないので、どんな悩みも本音で話し合えるような友人を、一人でも、二人でもよいからつくっておくこと。
そして最後に、困った時は、恥も外聞も捨てて助けを求めること。その勇気を持つことです。「人に迷惑をかけない」というのが日本人の美徳ですが、それが裏目にでて、困窮しているのに声を上げないまま死に至った…というような事例がたくさんあるからです。
私が少年の頃、母からこう教えられました。
「本当に困った時は、遠慮せずに人の世話になりなさい。あとで恩返しをすればよい」