愛の知恵袋 125
「かげぼめ」のすすめ

(APTF『真の家庭』246号[2019年4月]より)

松本 雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

陰口に染まりやすい日本の風土

 先日、ある友人と食事をしたときのことです。彼が「“かげぼめ”って知っていますか。私は最近ある人から紹介されて、『これだ!』と思いました。リーダーとしてどうあるべきかと長い間考えてきましたが、これこそ人の心に響く方法だと思いました」というのです。その内容を聞いて、私も非常に共感できたので、大いに話が弾みました。

 「かげぼめ」というのは「陰褒め」のことで、本人のいないところで、その人物の長所を褒めることです。本人のいないところで人の悪口を言うのが「陰口(かげぐち)」ですから、その正反対の行為です。日本人には本音と建前があり、陰で人をけなす傾向があります。

 「陰褒め」のことを特に強調しておられるのが、鴨頭嘉人(かもがしらよしと)という人です。鴨頭さんは、19歳からマクドナルドのアルバイト社員になり、23歳で正社員として入社。厳しい社員研修を受け、現場スタッフの経験を積んで30歳で遂に念願の店長に任命されました。

 仙台の店舗に着任した彼は「理想の店舗をつくるぞ!」と、熱意に燃えていましたが、そこは東北でも一番古い店で、建物も古く店内やトイレも汚れていました。また、店のアルバイトスタッフも自分勝手にやっていることが多く、効率が悪いため、お客様を並んで待たせるのが当たり前になっていたそうです。

 「これではいけない」と思った彼は、それから毎日、細かいところまでマニュアル通りにやるように厳しく指導をし始めました。彼はスタッフを全く信じることができなかったので、しっかり監視して注意するようにしたのです。それでも、スタッフたちはきちんとやりません。そこで、もっと厳しく「言ったとおりにやれ!」と叱りました。

 やがて、スタッフの顔から笑顔が消え、店の雰囲気は重くなり、売り上げも減っていきました。10か月も経つと、スタッフたちから無視されるようになって、何も言えなくなり、葛藤の末、とうとう自分の店に入れなくなるほど追いつめられてしまいました。その時、上司から「もう限界だね。異動だ。青森の弘前店へ行きなさい」と命じられたそうです。

弘前店の奇跡…最下位から全国1位の店舗へ

 弘前店は売上が損益分岐点にも届かない全国最下位の店でした。鴨頭さんは「自分のどこが間違っていたのか…」と反省し、弘前店では180度自分の姿勢を変えました。スタッフを「信じられるかどうかではなく、信じると決めてしまう」ことにしたのです。

 自分の店はガランとしていましたが、国道を挟んで向かいにあるモスバーガー店はお客でにぎわっていました。彼はスタッフたちをその店に連れて行き、お客さんが楽しそうに過ごしているのを見せました。「ごらん、家族、お友達、楽しそうだよね。私たちの仕事は物を売る事じゃないんだ。お客様に快適な時間を過ごしてもらうことなんだよ。私たちだってきっとできるよ。みんなで考えよう!」と言って励ましました。

 数日後、高校2年の女子スタッフが、「店長、こういうイベントをしたらどうでしょう?」とアイデアを持ってきてくれました。するとみんなが「よし、やろう!」ということになりました。やがて、他のスタッフからも次々とアイデアが出てくるようになって、気がついたら笑顔とやる気に満ちたスタッフの店になり、お客様もどんどん増えていきました。

 こうして2年後には、「お客様満足度日本一」、「従業員満足度日本一」、「売り上げ伸び率日本一」の三冠王に輝く日本一の店舗になったのです。

 彼は最優秀店長として表彰され、以後、行く先々の店で奇跡の業績を達成して、遂には全国の店長を育成指導する立場になりました。

奇跡を生み出す“かげぼめ”

 その彼がある上司から学んだというのが“かげぼめ”でした。その上司は市辺さんというエリア内の店長を巡回指導するスーパーバイザーの一人でした。

 市辺さんは、鴨頭さんの店に来ると、「○○の店舗は本当にきれいで素晴らしいよ。あのA店長がすごいね。自分で率先して細かい所まで手入れをしているよ」と言うのです。

 そこで鴨頭さんがその店に見学に行って、A店長に「市辺さんがあなたのことをすごいって言ってましたよ」というと、「え? そうですか。いや、市辺さんはこの前うちに来たときは、『△△店の鴨頭店長はすごいよ。彼の営業意欲がスタッフ一人ひとりまで行きわたっている』と褒めていましたよ」と言われたのです。

 そう、市辺さんは、全ての店長の良い所、努力している点を察知しては、“かげぼめ”を惜しまなかったのです。やがて、そのエリアの全店舗が意欲とサービス精神に満ち溢れて、全国トップになります。業界で“市辺マジック”とまで言われた奇跡を起こすのです。

 自分の部下を信じ、励まして育てる…この精神が全ての組織を活き活きと発展させる原動力になります。会社でも団体でも、上司が部下を心から信頼して任せていく気風があれば、そこは笑顔と意欲に満ちた職場になるでしょう。

 家庭でも同じです。夫が妻をしっかり愛し、その妻が子供たちに対して、父親のことをいつも陰褒めしていれば、子供たちは心から父親のことを尊敬し、大好きになります。

 陰口の日常化している組織では、どんなに発破をかけても反応がなく、人が離れていくのです。そんな組織でも、リーダーがスタッフを信頼し、陰褒めを実践していけば、スタッフの目は輝き、明るく意欲に満ちた場となって、おのずと人も集まってくるでしょう。

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