世界はどこに向かうのか
~情報分析者の視点~

香港問題、米の対抗策で中国経済は危機へ

渡邊 芳雄(国際平和研究所所長)

 今回は6月29日から7月5日までを振り返ります。

 この間、以下のような出来事がありました。
 中国全人代で香港国家安全維持法が成立、即日施行(6月30日)。豪、香港市民に「避難場所」の提供検討(2日)。7月3日、中国公船が尖閣周辺領海侵入、菅官房長官「厳重抗議」(3日)、などです。

 中国の全国人民代表大会・常務委員会は6月30日、「香港国家安全維持法」(国安法)を可決成立させ、即施行しました。

 国安法には四つの罪が規定されています。
 ①国家の分裂 ②中央政府の転覆 ③テロ活動 ④外国勢力などと結託して国家の安全を脅かす―の4種の行為が禁止されたのです。

 同法の威力はすさまじく、香港における民主化運動は「風前の灯火」です。

 しかし米国が打ち出す対抗策もまた、中国経済の根幹を揺るがす可能性があるものとなっています。

 今回はそのことについて説明します。

▲ヴィクトリア・ピークから見える香港の高層ビル群

 現在、中国本土への外国企業による直接投資の6割以上は香港経由です。中国の銀行は海外事業の大半を香港から主にドル建てて行っています。
 本土内では外資との交換が制限されている人民元ですが、香港では米ドルにペッグ(釘付け、対ドル固定相場制のこと)された香港ドルを通じて米ドルと自由に交換できるのです。人民元国際取引の7割以上は上海ではなく香港市場で行われているのです。

 この仕組みにトランプ米政権と米議会が劇的な打撃を与える可能性があります。切り札は、昨年11月27日に制定した「香港人権・民主主義法」です。
 同法は、香港で人権侵害を行った個人に対する制裁や渡航制限を科すことができるばかりではなく、メガトン級破壊兵器の起爆装置が仕込まれているといえるのです。それが「米国・香港政策法(1992年制定)」修正条項です。

 香港政策法とは1997年7月の英国による香港返還に合わせて92年に成立した米国法で、香港の高度な自治の維持を条件に、香港に対する貿易や金融の特別優遇措置を対中国政策とは切り離して適用するというものです。

 優遇措置というのは、通常の国・地域向けの場合、貿易、投資、人的交流が柱になり、香港も例外ではないのですが、ただ一つ、香港特有の項目があるのです。それが、「香港ドルと米ドルの自由な交換を認める」という内容です。

 香港人権民主法に関連付けた「米国・香港政策法(1992年制定)」の修正条項によって、米政府は香港の自治、人権、民主主義の状況によっては「通貨交換を含む米国と香港間の公的取り決め」も見直し対象にできるようにしたのです。香港ドルと米ドルの交換が止められると、中国は香港市場に依存してきた米ドルの入手に支障をきたすことになります。

 その結果、外貨準備に応じて人民元を発行する中国特有の通貨・金融制度は崩壊の危機に直面します。しかしこれは、グローバル金融が巻き添えにされかねない「もろ刃の剣(つるぎ)」です。習近平政権はそれを見抜いているから、あえて国家安全維持法適用の賭けに出たのでしょう。

 しかしトランプ政権は、習近平政権を追い詰めています。米下院は7月1日、「香港自治法案」を全会一致で可決。続いて上院で可決(2日)され、大統領署名を経て成立することになります。

 同法の内容は、香港で抗議活動を行う民主派の弾圧に関与する中国当局者や組織と取引を行う金融機関に制裁を科すものとなっています。問題と見なされる銀行は米銀からのドル融資が禁じられるのです。

 トランプ政権はすでに、貿易や金融市場を通じた中国企業の外貨獲得を制限し、中国通信機器大手、ファーウェイなどに対するハイテク金融を強化し、日欧にも強く同調を求めています。

 習政権は今、外貨不足に悩み、大幅な緊急緩和ができず、財政支出を含め、小規模の新型コロナウイルス恐慌対策しか打てないでいます。
 次世代通信技術「5G」に欠かせない半導体も入手が難しく、このたびの「香港抑圧」の代償で中国経済は本格的な危機に突入する可能性が出てきました。
 本当の政権危機です。