2020.03.23 17:00
コラム・週刊Blessed Life 109
クリステンセンの「人生の経営学」
新海 一朗(コラムニスト)
クレイトン・クリステンセン(1952~2020)は、オックスフォード大学で経済学修士、ハーバード・ビジネス・スクールで経営学博士を取得し、1992年からハーバードで教鞭(きょうべん)を執った「イノベーション理論」の大家です。
彼のイノベーションに関する理論は、単にビジネスの領域に限定されたものではなく、人生の全領域に関わるものです。
ただ富や名声を求めるだけが人生ではない、生きる目標、仕事の選択、子供の教育、家庭の在り方など、あらゆる分野において、私たちは賢明な決定を下すことが求められています。
そういう幅広い視点に立った「イノベーション理論」を磨いてきた希有な人物がクリステンセンです。
彼の著書『イノベーション・オブ・ライフ』(原題『How Will You Measure Your Life?』2012)は、経済、経営、マネジメントの話をするだけでなく、人生万般をイノベーション(刷新、革新)として語ります。
イノベーションの理論は、何よりも、人間の営みに対する深い理解に支えられなければならないという信念に貫かれており、「何が、何を、なぜ引き起こすのか」という問いに答えることが必要であるというのです。
仕事への愛情を生み出す要因を「動機付け要因」として強調し、人が本心から何かをしたいと思うことが、真の動機付けであり、それは仕事そのものに内在する条件に由来するといいます。
例えば、自分にとって本当に意味のある仕事、職業的に成長できる仕事、責任の範囲を拡大する機会を与えてくれる仕事などが、自分自身を動機付ける要因であるといいます。
人生がどういうものであるかを語ることは簡単なことではありません。人生行路を、意図的戦略に沿って生きていたとしても、そこに、創発性(思わぬ機会、予想しなかったチャンス、emergence)が飛び込んでくる場合があります。
そこで、その思わぬ機会に沿った人生設計を真面目に考えることになるかもしれません。そうすると意図的戦略の人生から離れ、創発的戦略の中に生きる人生が始まります。
「意図」した人生に、「創発」が飛び込んでくると、人生は「意図」と「創発」の二つの可能性に目を凝らすことになります。
結局、人生には、意図と創発があるので、個人も企業も柔軟な姿勢を取り、意図的戦略と創発的戦略のバランスを図るのが良いという忠告です。
家族や親しい友人との関係は、人生の最も大きな幸せのよりどころの一つであるとクリステンセンは言明します。
そうであれば、仕事に資源(才能、時間、労力、お金)を投資するだけの人生ではなく、家族や友人にも投資しなければならないのは当然のことです。
仕事に対する投資だけで忙しい人生を送り、成功した者たちの中には、家族に対する投資を怠り、離婚や子育て失敗の苦い経験を持つ人々が多くいることをクリステンセンは見逃しません。
仕事の成功を追い求める余り、家族への投資がどうしても後回しになり、気が付いた時には取り返しのつかない事態(家庭崩壊)になっているという悲劇が多すぎます。
人生をトータル的に見れば分かることですが、例えば、「仕事100%、家族0%」というような投資配分、資源配分で突き進み、その間違いに気付いた時には、妻も子供たちも夫(父親)に愛想をつかして、離婚を食い止めることはできなかったなど、このような人生は断じてあってはなりません。
クリステンセンはどこまでも人生の核心を突いてくるのです。