2019.09.09 17:00
コラム・週刊Blessed Life 83
香港政府の林鄭月娥行政長官、逃亡犯条例改正を正式撤回
新海 一朗(コラムニスト)
9月4日、香港の行政長官は、逃亡犯条例改正を正式に撤回すると表明しました。
中国政府と香港市民の板挟み状態の中で、条例改正を断念、事態収拾への打開策を図ったものと思われます。
中国政府は、なぜ林鄭長官に撤回のゴーサインを出したのでしょうか。
中国政府は、10月1日の建国70周年までにデモを収束させたいというのが本音であったと考えられます。
中国はデモ隊を「暴徒」と呼び、強硬姿勢を貫いていますが、米中貿易戦争の中、香港問題で欧米と対立をこじらせたくないと考えたことは間違いないでしょう。
しかし、あまりにも、「遅過ぎた」という香港市民の声が広がっています。
デモ隊が掲げる五大要求、①改正案の完全撤回、②独立調査委員会の設置、③抗議活動を「暴徒」と呼ぶ表現の取り消し、④一連の逮捕者の無罪放免、⑤普通選挙の実施、の5項目は全て実現されなければならないとするデモ隊の対決姿勢は少しも変わっていません。
催涙弾やゴム弾で市民を傷つけた警察の糾弾を求めて、抗議の輪は中高大学生にまで広がっていったのです。
中国は、なぜ武力介入を躊躇(ちゅうちょ)したのでしょうか。
これにはリスクとリターンの関係が深く関わっており、あまりにもリスクが大きく、リターンが少ないと見たからです。
その第一は、経済的なリスクです。
金融・貿易都市として香港の重要性は非常に高いものがあります。
中国への海外からの直接投資は、半分以上が香港経由です。香港に拠点を置く海外企業は膨大な数で、多くが直接・間接に中国とのビジネスを行っています。彼らが香港から一気に逃げ出せば、香港の経済的な価値は急速度に失われます。膨大な資産価値を蓄えている香港の不動産・証券市場もクラッシュし、その影響は中国経済に確実に波及します。
第二は、中国の国家統一に関わる問題です。
すなわち、香港と台湾の問題において、政策の抜本的な見直しが求められることになるからです。
中国の武力介入があった場合、香港で行われてきた「一国二制度」が名実ともに失敗と認定され、その代価は、香港のみならず、中国が国家統一の悲願として目標に掲げる台湾問題でツケを払わされることになるのです。
台湾の蔡英文総統は、香港情勢の悪化とともに、世論の後押しを受けて、リードされていた国民党の韓国瑜候補を追い抜きつつあります。
香港情勢が沈静化しなければ、台湾では中国が嫌っている民進党に有利な状況となります。一国二制度による台湾の統一を掲げてきた中国は、台湾問題の平和的解決に向けた具体的な提案を失い、根本的に台湾政策を練り直さなければならなくなります。
第三に、武力介入で香港民衆のデモ鎮圧を行った場合、世界は一斉に中国政府の弾圧をネガティブに報道し、中国の威信は深く傷つきます。
大国としての地位を築きつつある中国の国際的名声は一気に地に堕ちます。「一帯一路」を国策として世界展開する中国の大戦略は、底知れないダメージを受けることでしょう。
このような三つの視点から見ても、中国にとって香港介入は最後の最後まで切りたくないカードであることは明白です。
ただし、香港問題が今後どう進むかは非常に不明瞭です。
デモ隊が掲げる五大要求は、改正の完全撤回という一項目が表明されただけで、残りの4項目はそのままです。
事あるごとに、デモは継続されるでしょう。これに対して、中国政府がどこまで黙って耐えられるか。どこかで中国の堪忍袋が切れないとも限りません。