2018.12.02 22:00
幸福への「処方箋」18
第二章 幸福実現への障害発生――「堕落論」
神が人間の堕落行為に干渉されなかった三つの理由
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野村 健二(統一思想研究院元院長)・著
神が人間の堕落行為に干渉されなかった三つの理由
さて、天使長とエバ、エバとアダムの間で犯された堕落行為を、全知全能であられる神がお知りにならなかったはずはなく、それを防ぐ力がなかったわけでもありません。にもかかわらず、その堕落行為を干渉されなかったのはなぜでしょうか。その理由は三つあるとされます。これも神がどのような存在かを知るためにはきわめて重要なことです。
① 創造原理の絶対性と完全無欠性のために
神は独力で無から人間を創造されたので人間を主管する資格がおありです。それと同様に、万物よりもっと高度な自分自身を一部だけでも神の助力なしに創造したという条件を立てなければ、人間に万物を主管する資格があるということはできません。これが「責任分担」ということで、そのため成長期間(間接主管圏)を神の助力なしに独力で「その責任分担を遂行しながら成長し、完成しなければならない」(講論129頁)のです。
「もし、神がこのような成長期間に、彼らの行為を干渉し、彼らを直接主管されるとすれ ば、神は彼らが完成したのちに初めて直接主管するというその創造原理を、自ら無視する立場に立たれる」。「それゆえに、神は創造原理の絶対性と完全無欠性のために、未完成期にいた彼らの堕落行為に対して干渉されなかった」(講論130頁)というのです。
② 神のみ創造主であらせられるために
人間始祖が堕落したために、その後、神が設定された創造原理に反する、“犯罪行為”や“地獄”が生じるようになりました。ところで、神がもしそのような「存在や行動に対して干渉し給うならば、干渉を受けるその存在や行動(に)は、既に、創造の価値が賦与(ふよ)され、原理的なものとして認定されたもののような結果をもたらす」。「そうなれば、サタンもまた、一つの新しい原理を創造したということになり、創造主の立場に立つことになる」(講論130〜131頁)。したがって、創造原理に反する堕落行為はいっさい無視し、全く干渉されないというのです。(神のこういう行動パターンは私たちの子供の教育にあたっても参考になります)
③ 人間を万物の主管位に立たせるために
前に述べたように、神は人間に万物主管の祝福を与えられました。ところでそのためには、「人間はそれを主管し得るある資格をもたなければならない」。神は「創造主であられるがゆえに、人間を主管し得る資格をもっておられる」。とすれば、人間も万物を主管する資格としての「神の創造性をもたなければならない」。そこで神は人間に対して「成長期間を設け、この期間が満ちるときまで、人間がそれ自身の責任分担を遂行することによって完成するように創造された」(講論131頁)。したがって、成長期間の人間に干渉せず、放置されるのは、人間を愛しておられないからではなく、創造性までも神に似せるためだというのです。(創造性を与えるための教育的放置――このことの教育的意義も考えさせられるところがあります)
以上の三つの理由から、神は「いまだ間接主管圏内にいた未完成な人間の堕落行為を、干渉することができなかった」(講論132頁)というのです。
このように、神が人間をどのような構想のもとに創造されたか(創造原理)、その願いがどういう事情で崩壊し、創造本性とは別に堕落性本性をもつようになってしまったか(堕落論)ということが分かってくると、それではどうしたら、人間を神が構想された元の状態にまで戻すことができるかということも分かってきます。これが世界の諸宗教が問題としてきた「救い」、すなわちいま私が紹介しようとしている「幸福実現の方策」にほかなりません。(続く)
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次回は、第一部 第三章の「蕩減復帰とは」をお届けします。