愛の知恵袋 41
この世で最も尊く美しいもの

(APTF『真の家庭』151号[5月]より)

松本雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

生死の分かれ、奇跡の再会

 「生きていたのか!」父親が息子を見つけて叫ぶと、二人は抱き合いながら号泣し、そのあとは言葉にならなかった。地震発生から3日目の岩手県陸前高田市。避難所になった第一中学校体育館。父親は行方不明の息子を捜して、市内47カ所の避難所と遺体安置所を全て回ったが見つからなかった。「息子はもう死んだ」と思って再び同中学校に帰って来たとき、息子がそこでボランティアをしていたのであった。(2011年3月14日付朝日新聞抜粋)

 宮城県石巻市立大川小学校では、児童が避難中に津波に襲われ、全校児童108人のうち、生存が確認されたのは24人だけだった。津波から1週間、もう声を張り上げて名前を呼ぶこともないが、学校の近くでは母親(43)が必死にがれきをかき分けて探していた。小3の息子(9)がまだ見つからないという。「ダメなことは分かっている。早く冷たいところから出して抱きしめてやりたいんです」。(2011年3月20日付産経新聞抜粋)

千年に一度の大災害

 3月11日、突如襲来したマグニチュード9.0という未曾有の巨大地震と大津波は、東北・関東の沿岸部に壊滅的被害を与え、さらに福島第一原発の被災事故が重なって、世界の人々を震撼させています。4月5日現在、死者12,431人、行方不明者は15,153人に達し、今なお2,294カ所の避難所で163,008人が避難生活をしています。

 日本は今、文字通り戦後最大の国家的困難に直面しています。東日本大震災は、東北・関東の被災地だけの問題ではありません。その影響はあらゆる分野で直接的、間接的に日本全国に及び、全ての日本国民が心を一つにしてこれに対処できるかどうかが問われています。

 自衛隊や米軍、海上保安庁から警察官、消防署員まで、政府と自治体は戦後最大の災害出動をかけて救助・支援活動をしています。また無数の民間ボランティア団体が、食料、水、毛布、衣類、調理器具、鍋釜から生理用品まで、被災者が必要としているものを一刻も早く届けようと懸命になっています。

何か私に出来る事はないか

 震災で輸血用の血液が不足する中、大分県別府市の原田真実さん(49)は、震災から3日後の3月13日、「ケガをした被災者を支えたい」という気持ちで献血をした。原田さんは高校生のころ、「人の役に立てれば」と献血を始め、以後、2週間〜1カ月に一度、献血を続けてきて、この日はちょうど500回目だった。今、多くの人がこれに続くように献血をしている。(2011年4月2日付読売新聞)

 「何か自分にも出来る事はないのか?」——今、多くの国民がこう考え始めています。

 全国の駅頭や商店街では、中高生や諸団体の人達が、募金活動に声を嗄(か)らしています。

 眼鏡の生産地、福井の鯖江市では、業者が全国に呼びかけて14,000本の老眼鏡を集め、それを被災地に送っています。

 ある人は、自分の技術を生かして被災者の散髪やマッサージをしてあげ、ある人は高齢者や病気の方の介護の奉仕を始めました。首都圏の保育所では子供達を預かる活動を始めた所もあります。

 また、関東はもちろんのこと、北は北海道から、関西、九州、沖縄まで、各自治体が公営住宅の空室を一定期間無償提供することを決めていますが、温泉地では、多くの旅館が「空き部屋を避難生活に提供したい」と申し出ており、個人でも「自宅の空いた部屋を避難生活に使ってほしい」という申し出が相次いでいます。

極限の中で、キラリと光るもの

 一瞬のうちに愛する家族と財産と仕事を失った被災者の衝撃は、到底言葉では表現できませんが、それと同時に、「これから、誰を頼りにどう生きていけばよいのか…」という精神的不安と苦悩も深刻です。せっかく生き残った尊い命なのに、先行きに絶望して自殺しようとした人もいるのです。

 そのような被災者にとって、全国から寄せられる善意の募金や支援活動、そして温かい励ましの言葉は、「あなたは決して一人ではありませんよ!」という力強いメッセージであり、どれほど慰労と希望になるでしょうか。

 「人間は困難なときこそ、真価が問われる」と言われますが、忍耐強い東北の人達は、極限の中でも唇をかんで悲しみに耐え、周りの人達を気遣い、助け合おうとしています。

 空腹の中で、一つのおにぎりを二人で分かち合う人達、自分のビスケットを笑いながら子供に渡す祖父の姿。厳寒の夜、年老いた祖母に毛布をかけ、自分は膝をかかえて寝ようとする中学生…。

 「この世で最も尊く美しいものは、宝石の輝きでも自然の景色でもない、”人間の心”だ」改めてそう感じさせられました。痛みを分かち合い助け合おうとする心——”無償の愛”と”善意の絆”こそが万人の心に勇気を与えるものであり、この心を失わない限り、日本人は必ず生き残り、立ち直ることができると確信しています。