2025.01.23 22:00
【テキスト版】
そうだったのか!統一原理
第25回 救世主、メシヤと呼ばれた人
めい:
皆さん、こんにちは。
「そうだったのか!統一原理」へようこそ。
ナビゲーターの「めい」です。
きょうも皆さんと一緒に、統一原理を参考にしながら、幸福な人生はどのようにしたら得られるかについて考えていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。
はると:
こんにちは、皆さんと一緒に統一原理を学ぶ、「はると」です。
よろしくお願いします。
めい:
さて、はると君。
きょうから何回かに分けて、救世主、メシヤと呼ばれた人物の生涯について見ていきましょうね。
はると:
はい、めいさん。
復帰摂理歴史の重大な局面ですね。
めい:
そうね。
確かに、いよいよって感じね。
それじゃあ、始めようかな。
今から2000年前、「救世主」「メシヤ」と呼ばれた人がいたの。
そのかたがイエス・キリストよ。
はると:
イエス・キリスト…。
超有名な歴史的人物ですよね。
めい:
「イエス」は名前で、「キリスト」は救世主という意味ね。
イエス様は、33歳という若さで十字架刑によって非業の死を遂げたの。
でもイエス様の誕生は西暦の紀元となり、短い生涯だったけれど、イエス様の教えと生き方は後にキリスト教という宗教に結実したのね。
そして今日、キリスト教は国籍や人種を超えて、世界で二十数億人の信徒を持つ世界最大級の宗教となっているわ。
はると:
うわ~、そうなんですね。
一人の人間の生き方が世界に影響を与えたんですね。
めい:
イエス様以来、「このかたこそメシヤである」と世界の多くの人々が認めた人物は現れていないの。
そんなかたが、なぜ極悪人として裁かれ、極刑を受けたのかしら。
メシヤとは一体、どのような使命を持ったかたなのかしら。
はると:
そうですよね。
これだけ世界に影響を与えた人物が、実は33歳の若さで十字架に磔(はりつけ)となって処刑されていたなんて…。
考えてみれば、不思議な話です。
めい:
それでは、新約聖書の記述と共にイエス様の生涯をたどりながら、「統一原理」によって新たに解明された「イエス・キリストの真実」を明らかにしていきましょうね。
はると:
はい、めいさん。
今回もしっかりとついていきます!
めい:
イエス・キリストといえば、愛の人格者として愛の教えが有名よね。
だからイエス様は、幼い頃から理想的な両親の元で、たくさんの愛を受けて育ったに違いないと思っている人も多いんじゃないかしら。
でも事実はそうではなかったの。
はると:
そうなんですね?
でも、イエス様のお父さんを「聖ヨセフ」、お母さんを「聖母マリヤ」と呼ぶのを聞いたことがあります。
めい:
イエス様の母マリヤは、婚約中におなかが大きくなるの。
婚約者のヨセフは身に覚えがなかったから、すごく驚いたのね。
ユダヤ教の教えは、血統を守るために男女関係に厳格なの。
その教えを破れば、「石打ちの刑」で殺されてしまうの。
それでヨセフはひそかにマリヤと離縁しようとしたの。
ところが天使が夢に現れて
「心配しないでマリヤを妻として迎えるがよい。その胎内に宿っているものは聖霊によるのである。彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪から救う者となるからである」(マタイによる福音書 第1章20~21節)
という驚くべきお告げをしたの。
はると:
確かにそれは普通ではありませんね。
驚きの展開です、めいさん。
めい:
その後、住民登録のために、先祖の町に帰郷する旅の途中でマリヤが産気づき、馬小屋でイエス様を出産することになるのね。
はると:
馬小屋での出産…。
それはつまり、イエス様は歓迎されて生まれたわけではなかった、ということですか?
ヨセフがイエス様の誕生を心待ちにしていたのではなかった、ということなのでしょうか。
めい:
そうなの。そのように理解していいわ。
その後、ヨセフとマリヤの間には何人かの子供が生まれ、イエス様は家の中で居場所がなくなってしまうの。
そして世間からは、「私生児」として白い目で見られていたのね。
イエス様は寂しい幼少時代を送ったの。
はると君、想像できる?
はると:
そうですね。
想像はできます。
でも本当の意味では、イエス様の心情の世界を分かっていないと思います。
めい:
聖書には、イエス様のこのような言葉が記されているわ。
「きつねには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子にはまくらする所がない」(マタイによる福音書 第8章20節)
イエス様には、安心して眠る場所すらなかったということね。
そのような孤独の絶頂の中で、動物や草花、星などの自然を友としてイエス様は生きていたの。
はると:
「きつねには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子にはまくらする所がない」(マタイによる福音書 第8章20節)
う~ん、イエス様の心情が伝わってきます。
僕、泣いちゃうかも。
めい:
イエス様は神に祈り、自分の孤独な環境について訴えたの。
祈っているうちにイエス様は、「このような環境に立たされた自分を見て、一番悲しく、寂しく思っているのは神ではないか?」と気が付いたの。
それから、イエス様の心は転換されたというのね。
「自分がかわいそうな神の友となってさしあげよう。そして神を孤独から解放してさしあげよう」
それがメシヤの使命の自覚を深める原点になったというのね。
はると:
うわ~、すごいですね、イエス様。
かわいそうな神様の友となる…。
神様を孤独から解放したい…。
これはますます普通の人間ではないですね。
めい:
「メシヤ」とは、人を救うとともに神をも解放しようとするかたなのね。
人の心は変わるわ。
救おうとしても信じず、誤解し裏切る。
実際、イエス様もそういう目に遭ってきたの。
それでも最後まで変わらなかったのは、人のために生きるだけでなく、神のために生きたからなの。
天使長ルーシェルは愛の減少感の絶頂で自己中心的になり、神に敵対するサタンとなってしまったわ。
でもイエス様は、愛の減少感を感じざるを得ないような試練の絶頂においても神を慰めていったのね。
はると:
いや~、それがイエス様が愛のかたであるということの根拠なんですね。
神を愛するって、実に深すぎる!
めい:
皆さん、いかがでしたか?
「そうだったのか!統一原理」
今回はこの辺で。次回もお楽しみに!
ではまた、お会いしましょう!