日本人のこころ 18
宮崎~海幸彦と山幸彦

(APTF『真の家庭』239号[9月]より)

ジャーナリスト 高嶋 久

コノハナノサクヤヒメ

 日向に降臨したニニギノミコトは、ある時、笠沙(かささ)の岬(鹿児島県笠沙町の野間岬)で、美しい女性に出会いました。オオヤマツミノカミの娘、コノハナノサクヤヒメです。ニニギが「結婚したい」と言うと、「父がお答えします」との返事。

 ニニギが娘との結婚を正式に申し込むと、オオヤマツミはとても喜び、姉のイワナガヒメも一緒にもらってほしいと言って、たくさんの宝物と一緒に届けてきました。

 ところが、姉のイワナガは不美人だったので、ニニギは妹だけを残し、姉は実家に送り返してしまいます。

 イワナガを返された父のオオヤマツミは、ニニギにこう告げます。「イワナガを妃にしたら、天の御子の命は岩のように永遠に不滅になるでしょう。また、コノハナノサクヤを妃にすれば、木がたくさんの花を咲かせるように栄えるでしょう。しかし、イワナガを返されたので、あなたの命は木の花の寿命のようになります」

 人の命が有限になった理由の神話は世界に多くありますので、その日本版です。

 驚くのはその次の物語です。

 その後、妊娠したコノハナノサクヤがそのことをニニギに伝えると、「あなたとは一晩しか夫婦の交わりをしていません。わたしの子ではなく、地上にいる国つ神の子ではないですか」と言われたのです。そんな疑いを掛けられると、女性は大ショックでしょう。しかし、コノハナノサクヤは悲しんでいるだけではなかったのです。

 「おなかの子がもし国つ神の子であれば、産む時に苦痛を感じるでしょうが、天の御子の子であればそれはないでしょう」と言って、産屋に入って出入り口をすべて土で塗り固め、火をつけたのです。女性の情念はまさに炎のようで、鐘の中に隠れた安珍を焼き殺した清姫の話を思わせます。男性は軽々しい気持ちで女性と愛の関係を結ばないことです。

 コノハナノサクヤは燃え盛る火の中で3人の子供、ホデリノミコト、ホスセリノミコト、ホオリノミコトを産み、見事ニニギを納得させました。

トヨタマヒメ

 兄のホデリノミコトはウミサチヒコ(海幸彦)と名乗って魚を獲るようになり、弟のホオリノミコトは、ヤマサチヒコ(山幸彦)と名乗って獣を獲るようになります。

 ある日、ヤマサチは兄のウミサチに「道具を取り替えてみよう」と頼み、ウミサチの釣り竿と針を借り、魚を釣ってみました。しかし、魚は1匹もかからず、釣り針を海に落としてしまいます。

 ヤマサチは謝りますが、兄は許してくれません。困ったヤマサチは、自分の剣を削り、針を千本作って弁償しようとしましたが、兄は「おまえがなくした針でないとだめだ」と言うばかりです。

 ヤマサチが海辺で泣いていると、シオツチノカミ(海水の神)がやって来て、わけを聞くので事情を話すと、シオツチは竹で編んだかごの船にヤマサチを乗せ、ワタツミノカミ(海を支配する神)の宮殿に連れて行ったのです。

 侍女の知らせでヤマサチを見に出てきたワタツミの娘トヨタマヒメは、一目で好きになってしまいました。そこで、父のワタツミに告げると、父も外に出て見て、「この人はアマテラスの子孫の方だ」と言って、ヤマサチを宮殿の中に案内し、娘と結婚させたのです。

 それから3年間、海底の国で暮らしたヤマサチは、ある日、ここにやって来た理由を思い出し、大きなため息をつきました。娘からそのことを聞いたワタツミが婿にわけをたずねたので、ヤマサチは兄とのいきさつを話しました。

 そこで、ワタツミは海のすべての魚を呼び集め、釣り針のことを聞くと、赤ダイののどに何か引っかかっているというので、調べると釣り針でした。ワタツミはそれをヤマサチに返しながら、兄を貧しくさせる呪文を教えました。

 地上に帰ったヤマサチが、ワタツミに教わった呪文を唱えながら兄に釣り針を返すと、ウミサチはどんどん貧しくなり、怒って攻めてきたので、ヤマサチが海水に溺れさせると、謝ってきたので助けてやりました。こうして、ウミサチはヤマサチに仕えるようになったのです。

 やがて地上の国にやって来たトヨタマが、妊娠したことを告げ、海の国ではなく地上の国で産みたいと言うので、波打ちぎわに鵜の羽で屋根をふいた産屋を造りました。産気づいたトヨタマはヤマサチに、「元の国にいた時の姿になって産みますから、絶対にわたしの姿を見ないでください」と言いました。

 見てはいけないと言われると人は見たくなるもので、ヤマサチが産屋を覗き見すると、10メートルものサメが体をくねらせてもがいているではありませんか。

 それを知ったトヨタマは、「あなたに恥ずかしい姿を見られてしまったので、もうここには居れません」と言い、海と地上の国との境を塞ぎ、赤ちゃんを残して海に帰って行ったのです。

 この子がナギサタケウガヤフキアエズノミコトで、その子供がイツセノミコト、イナヒノミコト、ミケヌノミコト、ワカミケヌノミコトの4人。ワカミケヌノミコトは別名カムヤマトイワレビコノミコトで、初代の神武天皇になりました。

 この物語は、天孫降臨した人たちが、現地の海の民と婚姻関係を通して融合していった歴史を示しています。