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私たちの真の父母様
〜文姸娥様のメッセージ〜

真のお母様は今、何を見詰めていらっしゃるのか(2)

(『世界家庭』2015年10月号「文姸娥様のメッセージ 真のお母様は今、何を見詰めていらっしゃるのか」より)

 『世界家庭』に掲載された「文姸娥様のメッセージ」を毎週金曜日配信(予定)でお届けします。

 文姸娥(ムン・ヨナ)様(文孝進〈ムン・ヒョウヂン〉様令夫人)が2015年8月14日から18日、真のお母様の願いを受けて来日され、各地を巡回して親しくメッセージを語ってくださいました。
 文姸娥様は一貫して、真のお母様のご心情に寄り添いながら、「真のお父様の願いを成し遂げようとされるお母様と共に、天に孝行を尽くしていきましょう」と訴えられました。

 ここでは、東東京教区新宿教会で8月15日に開かれた国際祝福家庭の集いで、首都圏の国際祝福家庭630人を前に語られたメッセージ(翻訳し、整理したもの)の一部を紹介します。なお、タイトルは(『世界家庭』)編集部で付けました。(文責・『世界家庭』編集部)

▲国際祝福家庭の集いでメッセージを語られる文姸娥様(8月15日、新宿教会)

52年もの間、喜びも悲しみも全てお父様と共にされたお母様

 私たちが真のお父様から学んだ「聖和(ソンファ)」の基準とは何でしょうか? 霊界においては新しい誕生日であり、花嫁が嫁入りするときのような、ときめく気持ちで霊界に入城する喜びの日であるということです。私はそのみ言を守ろうと、孝進様を霊界にお送りしたとき(2008年)、個人的な悲しみに陥るまいと多くの努力をしました。孝進様の行かれる道を損なってはいけないと思ったのです。

 ですから真のお父様が聖和されたとき、私は夫を亡くしたという同じ経験を持つ身として、少しは真のお母様のお気持ちが分かるはずだという傲慢(ごうまん)な考えを持ってしまいました。ところが、それは大きな思い違いだったのです。

 そのことを知ったのは、真のお父様の聖和2周年(2014年8月12日)の朝、天正宮(チョンヂョングン)博物館での記念敬拝式で上映された映像を見たときでした。それは、お父様がダンベリー連邦刑務所(米国・コネティカット州)に行かれる直前に、アメリカの食口(シック)たちにみ言を語っておられる映像でした。

 そのときの真のお父様のお姿は、これから刑務所に入ろうとする人のようではありませんでした。「この道を行けば、この山を越えれば、その後に天が準備した新しい世界が開かれる」という、この上なく大きな希望とエネルギーに満ちたみ言を、しかも笑顔で語っておられたのです。そうして食口たちの勇気を奮い立たせてくださったお父様でした。

 でも皆様は、真のお父様のお気持ちを痛いほど分かっていらっしゃるはずです。そのときのお父様の置かれた状況は絶望的なものでした。右も左も分からない幼い食口たちを置いていかなければならないのです。「どうにか生き残ってくれ、離れていくな」という切実なる思いが、その笑顔の向こうにあったことを私たちは知っています。

 しかも当時は、まだおむつをして、よちよち歩きの子女様もいらっしゃったのです。お兄様、お姉様に手を引かれて、真のお父様にお別れの敬拝をささげる、あどけないお姿を覚えていらっしゃるでしょう? 父母であるならば、どれほど心配であられたことでしょうか。

 そのような映像を見ながら、「私は真の父母様を表面的に捉えて、分かったつもりになっていなかっただろうか」と考えさせられたのです。

 私は、孝進様が聖和なさったときの自分自身について振り返ってみました。私が孝進様と一緒に生活したのは9年余りにすぎません。その間も孝進様は、ベルベディア(米国・ニューヨーク)のスタジオで作曲したり、映像を制作したりと、いつも忙しく過ごしていらっしゃいました。ですから実際に共に過ごした時間はさらに短くなるわけです。そういう中でも私は、孝進様からたくさんの貴重な教えを頂きました。

 孝進様は常々、「真の父母様のみ旨をどんなことをしてでも助けてさしあげたい。音楽と文化とメディアを通して、天のみ旨を成し遂げるためにお役に立ちたい」と語っておられました。孝進様が聖和された後、私はその願いを成し遂げてさしあげたいという思いをずっと胸に抱いてきました。にもかかわらず、それを進めることができずにいました。なぜなら、私は音楽やメディアの専門家ではないからです。

 それでも私が思ったのは、たとえ私ができなくとも、子女たちのうちで素質のある子女が父親の遺志を継いでくれるかもしれないということでした。さらに、たとえ直系の子女ではなくても、二世圏の中で継いでくれる人が出てくるかもしれないという希望も持っているのです。もしそういう二世が出てきてくれるならば、私はどんなことをしてでも協助するつもりです。

 こういう思いを持つのは、私が孝進様をおそばで見ていたからです。1万曲を作曲するとき、どれほど精誠を投入されたか。皆様の前で公演するとき、どれほど苦しみながら舞台に立たれたか。よく知っているからこそ、その孝進様の願いを放棄できないのです。9年しか共に暮らせなかった私ですら、そのような思いが強く湧いてくるのです。

 では真のお母様はどうでしょうか? 真のお父様と共に金婚式を越えて52年もの間、過ごされたではありませんか。お母様は全ての良い瞬間、悪い瞬間を、お父様と共にされました。お父様が喜ばれるときも泣かれるときも、つぶさにごらんになってきたお母様なのです。

 ご存じのように真のお父様は、ただ温和なだけのおかたではありません。み旨の前に、どれほど真剣で、すさまじいおかたであることか! 天の父母様と約束した「孝」の道を全うするためならば、子供だろうが妻だろうが、全てを犠牲にしてこられたお父様だったではありませんか。

 そのような真のお父様のおそばで暮らしながら、愛なしに越えていくのは容易なことではないでしょう。そんな真のお母様が、お父様のみ意(こころ)を忘れることがおできになるでしょうか?「どんなことがあっても、お父様が成し遂げようとされたみ旨の完成を見てからでなければ、霊界に行くことはできない」と思われたに違いないのです。私でさえ、孝進様の願われていたことを何とか協助してさしあげたいと思っているのですから。

 そう考えると、「ああ、真のお母様は、真のお父様が聖和されてから、『大変だ』と思う時間すらなかっただろう」と思うようになりました。

 では、真のお父様の願いとは何でしょうか? それが正に、「天の父母様が思う存分、運行したいと思われ、主管したいと思われる国を探し立ててさしあげること」であると思うのです。

(次回に続く)

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 次回は、「お父様は『神様の国』で暮らすために犠牲と投入の道を歩まれた」をお届けします。