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小説・お父さんのまなざし

徳永 誠

 父と娘の愛と成長の物語。誰もが幸せに生きていきたい…。だから人は誰かのために生きようとします。
 今回から、家族のために、そして世のため人のために奮闘するお父さんのまなざしをフィクションでお届けします。

1話「お父さん、最後まで貫いてね」

 幼い頃に母を亡くし、父子家庭で育った一人娘のナオミが婚姻届を提出したのは77日のことだった。

 あいにくの曇天で、夜空に天の川を眺めることはできなかったが、「娘の新たな門出と共に、父ももうひと頑張りしなくてはいかんな」などと、娘の旅立ちに親心を満足させながら、天を仰いでひとりごちた。

 事件はその翌日に起きた。
 20227月8日、その日を境に「旧統一教会」の5文字がメディア空間に乱舞した。家庭連合の信者たちの内心の自由は踏みにじられていった。そしてその自由は生きたまま拘束状態に陥ってしまったのだ。

 娘の新たな人生に暗雲が垂れ込んだように感じて胸が痛んだ。

 連日連夜、空襲のように「旧統一教会」に対する非難の言葉が浴びせられた。
 マスコミは「旧統一教会、家庭連合」だの、「家庭連合、旧統一教会」だのと、「家庭連合」という名称は決して認めないぞとばかりに、殊更「旧統一教会」の名称にこだわった。
 「旧統一教会」という新しい宗教団体が誕生したかのようだった。

 空爆が収まることはなく、戦いはついに地上戦に及んだ。

 「解散命令請求」

 そんなある日、その間隙(かんげき)を縫うように娘からの電話が鳴った。

 「お父さん、大丈夫?」
 「…おまえたちはどうなんだ?」
 「私たちは大丈夫よ。ほら、信仰もそんなに熱心ってわけじゃないし…。お父さんの方が大変じゃないかなと思って…。心折れてない?」
 「ああ、大丈夫だよ。義憤には駆られてるがな」

 電話のやりとりで納得のいく答えにたどり着くほど心は軽くなかった。

 「ねえ、お父さん。今度、一緒にお茶しない?」
 「いいけど、おまえも忙しいだろう」
 「大丈夫、大丈夫。久しぶりにお父さんと食事したいなって思ってたところだったの」

 秋を感じる日曜日の午後、私は娘と二人で遅めのランチを囲んだ。

 「マサオ君とはうまくやっているのか」

 マサオ君は娘の二つ年上の夫である。

 「最初はいろいろあったけど、今はラブラブよ」
 「そうか。それはいいことだな」

 娘はうそがつけない。物事を隠せない性格で、ストレートな物言いが彼女の個性だ。
 夫とうまくいっているというのも本当だろう。

 ひとしきり「夫研究」の成果を報告した後、娘はおもむろに“本題”に入った。

 「お父さん。教会のこと、ずっとつらかったんだよ」

 つらかったのは、教会が批判にさらされていることに対してではなかった。
 それは「宗教2世」としての娘の内心の告白だった。

 この間、教会や宗教、信仰のことについて、夫との間でも話し合うことが増えたという。

 娘の心に積もった「葛藤」。
 結婚する前も何度となく親子で話し合ってきたことだ。しかし信仰は強制するものでもなければ、強制できるものでもない。
 自我の目覚めと共にそれぞれがそれぞれの頭で考え、心で感じ、内心の自由を形づくっていくものだ。

 祝福で出会ったナオミとマサオ君。
 二人の共通点は、「親孝行のために祝福結婚の道を選んだ」ということだ。

 「悩んだし、苦しんだ…。祝福はお父さんのために受けたんだよ。でも、私の考えは私の考え。これからは自分の人生は自分で決めたいの」

 娘はストレートな物言いが個性。彼女のパンチは確実に父の急所を捉える。

 「こんなこと言うつもりでお父さんと会いたかったわけじゃないけど…。マサオさんにもいつもこんな感じで言いたいこと言っちゃうんだよね。時々けんかもする。ほとんど私が一方的に彼のこといじめちゃうんだけど…」

 婚姻届けを出す少し前のことだ。マサオ君が、婚約者である娘のナオミのことで私に相談したいと言ってきたことがある。

 「最近、ナオミさんのことがよく分からなくなることがあるんです。何を言っても受け入れてもらえなくて…。駄目出しばかりなんです。本当に私たちは結婚できるのでしょうか」

 悩み相談を聞きながら、不謹慎にも私はなんだかうれしくなった。
 そして彼の姿を見ながら、私は自分自身の結婚当時のことを思い出していた。目の前の悩める青年の姿は30年前の私そのものだったのだ。

 娘の内心の自由はいまだ解放されていないようだが、結婚生活はうまくいっているようだ。

 「マサオさんとも最初はいろいろあったけど、今はとってもラブラブなの。私が教会に対する葛藤をぶつけても、『でも、僕と出会えてよかったでしょ?』って言うのよ。なんだか、かわいいよね」

 ナオミもマサオ君も永遠の伴侶を得て、互いに全力で愛を育んでいる。そんな姿がまぶしい。

 「お父さん、いろいろ言ってごめんね。でもね、お父さんには自分の信じた道を貫いてほしいの。だってお父さんとお母さんが祝福を受けていなかったら私は存在しなかったわけだし、私も祝福結婚を選んでいなかったらマサオさんと出会えなかったわけでしょ?」

 娘には娘の内心の自由があるということだ。

 娘がいとおしい存在であることは間違いないが、私は何より、マサオ君とマサオ君のご両親に感謝した。


登場人物

柴野高志(タカシ):カオリの夫、ナオミの父
柴野香里(カオリ):タカシの妻、ナオミの母、ナオミが6歳の時に病死
柴野尚実(ナオミ):タカシとカオリの一人娘

柴野哲朗(テツオ):タカシの父、ナオミの祖父
柴野辰子(タツコ):タカシの母、ナオミの祖母
宮田周作(シュウサク):カオリの父、ナオミの祖父、ナオミが14歳の時に病死
宮田志穂(シホ):カオリの母、ナオミの祖母

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 次回もお楽しみに!

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