2018.07.30 22:00
日本人のこころ 5
イスラエル~遠藤周作(3)『死海のほとり』
ジャーナリスト 高嶋 久
イスラエル巡礼
昭和48年に出た小説『死海のほとり』は、その7年前の『沈黙』のテーマ「母なる神」をさらに深めたものです。遠藤は執筆のため何度かイスラエルを訪れ、イエスの足跡をたどります。そこで遠藤が感じたのは、日本との風土の違いです。
小説は、戦時下の弾圧の中で信仰につまずき、イエスを棄てようとした小説家の「私」が、高齢になってエルサレムを訪ね、大学時代の友人戸田にキリスト教の史跡を案内してもらいながら、イエスの真実の姿を探るものです。学生時代は信仰に熱心で聖書学者になった戸田は、なぜか妻と別れ、研究のためイスラエルに渡ったが、今は国連の仕事で食いつないでいます。戸田の学識は、一般的なイエスの物語がいかに史実と違うかを示し、イエス当時のイスラエルの実態と、イエスの真相を明らかにしていきます。
小説は、2人の史跡めぐりとイエスと同時代を生きた人々の物語が、同時並行で書かれています。現在と2千年前とを行き来しながら、イエスの実像に迫っていくのです。
「私」と戸田は遠藤の両面で、母の勧めで洗礼を受けながら、戦時中の弾圧では節を曲げ、戦後は次第に教会から遠ざかります。一方の戸田の話は、近代の実証的な聖書研究を反映しています。あとがきに「『イエスの生涯』は本作と表裏をなすもの」とありますので、併せて読むとよく分かります。
メシア信仰の形成
荒涼とした荒野の先にある死海を訪れた「私」は、「どこの国を訪れた時より遠くに来てしまった」と思います。そして、「湖からも荒野からも風化された山からも死の匂い」を嗅ぎ、「俺たち日本人にはついていけぬ世界だな…ここには、人間への愛とかやさしさが全くないからね」と戸田に語ります。
イエスは生まれた家庭を捨て、最初に入った洗礼ヨハネの教団に不満を感じて出て、荒野で厳しい修行をしているクムラン教団に入ります。当時、ローマに支配されていたイスラエルでは、そこから解放してくれるメシア(救世主)を待望する信仰がありました。
日本人にはなじみの薄いメシア信仰は、旧約時代の預言者たちが広めたものです。ユダヤ教骨格が形成されたのは、エジプトを出たユダヤ人がパレスチナにイスラエル王国を築きながら、紀元前6世紀にアッシリア帝国に滅ぼされ、約50年間バビロニア地方に捕虜として連行された「バビロン捕囚」とそこからの帰還時代です。つまり、民族の危機の時代に人々を覚醒させる教えだったのです。
原罪を負って生まれた人間は、厳しい神によって裁かれる運命にあり、そこから救われるにはメシアに従うしかないという危機感に満ちた教えです。それは、神による創造→人間の堕落→メシアによる救い→千年王国という、後のキリスト教のパターンです。
興味深いことに、共産主義も同じパターンになっています。原始共産制→階級の発生→労働者階級による革命→共産主義社会、これは科学であるというのが彼らの主張で、ロシアの哲学者ベルジャーエフは、共産主義はキリスト教の裏返しだと言っています。
私にとっての信仰を
『死海のほとり』の解説で、遠藤の友人であるカトリック司祭の井上洋治は、『沈黙』で発見した「母なる宗教」としてのキリスト教をさらに深め、「永遠の同伴者」としてのイエス像を提示した、と述べています。そして、イエスの生涯をつらぬく愛(アガペー)を発見する過程が、『死海のほとり』の主人公「私」のイスラエル巡礼の旅だった、と。
小説の中で、「こんな場所で、神の怒りと畏れだけで生きた教団の中で、イエスは何を求めたんだろうね」と聞く「私」に、戸田は「あんたの今、言った人間へのやさしさだろう」と答え、「つまり、彼は荒野の信仰と律法が創りだした神のイメージに耐えられなかったんだ」と言います。
母なる神、同伴者イエスであれば、拷問に耐えかねて転んでも裁かず、許しただろうし、むしろ心の痛みを分かち合ってくれるというのが、遠藤が『沈黙』で示したものです。その観点から聖書を読み直したのが『死海のほとり』で、従来のイエス像に別の光を当てています。
こうしたメシア観の転換を、分かりやすく描いているのが映画『ベン・ハー』です。ローマ帝国からの解放者としてメシアを待ち望んでいたが、実際に現れたイエスは、革命のリーダーではなく愛の唱道者だったというものです。
井上洋治は解説の最後に、「イエスの福音は普遍的なものであっても、それを信じ生きている人たちは、必ずある時代のある文化のなかに生きている。…母性文化に受け入れられれば、そこでは母性的キリスト教がうまれてくるはずである」と書いています。
この考えを進めると、普遍的な宗教も、私という歴史と文化を背負う人間に合わせて受容されるということになります。むしろ、そういう姿勢が「私にとっての信仰」の発見につながるのではないでしょうか。