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【聖和15周年特別企画】
文孝進様の孝情に学ぶ 5

証し 文孝進様の思い出
「真の父母様の解放のために身もだえされた生涯」

 3月17日、文孝進(ムン・ヒョウヂン)様(享年45)の聖和15周年を迎えます。近年、真のお母様は折に触れて、孝進様の孝行息子としての生き方に言及し、孝情の模範とするよう二世・三世を激励されます。そこで、孝進様の孝情がいかなるものであったかを学ぶ一助として、孝進様に近く侍ったかたの証言を紹介します。(一部、編集部が加筆・修正)

 今回は、音楽を通して孝進様に侍った日本人男性Hさん(36万双)の証し「真の父母様の解放のために身もだえされた生涯」(『トゥデイズ・ワールド ジャパン』20159月号掲載)の第3回です。

「傲慢になるな、謙虚になれ」が口癖だった

お父様「孝進と一体化すれば霊界が協助する」
 孝進様と共に曲作りをしていた私とTさん(日本人)は、毎日毎日、孝進様から叱られていました。それは、なかなかきついものでした。ひょっとして私たちがいるから、孝進様は怒るのではないか、いてはまずいのではないかとさえ考えたこともありました。

 3年ほどたつと、「おまえ、おれと一緒に死ぬんだろ?」と毎日のようにおっしゃるようになりました。もちろんそれは「自殺しろ」という意味ではなく、「運命を共にしろ」ということです。

 そんなときに、真のお父様がスタジオに来られたのです。20002月のことでした。お父様は私たち2人に日本語で語ってくださいました。「ここにいるのは私の息子である。孝進と一体化しなさい。そうすれば霊界が協助する」と。このみ言によって、「ここにいることは、神様の目から見ていいことなんだ」と、初めて確信を得られたのです。この一言を頂くために、これまでの期間が必要だったのです。そしてこのみ言は、それからの期間を歩む支えともなりました。

▲真のお父様と孝進様

 「一緒に死ぬ」ということが、孝進様の出された「許し」の基準であるならば、喜んで死にましょう──。それが、最終的に私のたどり着いた結論でした。どう考えてもそれ以外にはありえず、自分の人生など取るに足りないものであると思ったのです。ではそのことで、私に恨(ハン)が残るだろうかと自問したとき、答えは「否」でした。孝進様の壮大な人類復帰の理念は、私の個人的な考えや夢を成就して余りあるものだったからです。

善なる世論形成のために
 孝進様の音楽をなさる動機は、ひとえに「真の父母様を解放する」ということでした。

 真のお父様に対する一般の社会の評価は、サタンのドンとでもいうべきものでした。その悪評、汚名を取り去って、本当の聖人として世界に認めさせるんだという固い決意をお持ちで、そのために何をしたらいいかを孝進様は常に考えておられました。

 時には、「エイリアンが攻めてきて、『文鮮明(ムン・ソンミョン)がメシヤだ』と言ってくれれば、どれほど良いだろう」と語られることもありました。

 一般の善良な人と共にアベル的な群れを作って、正しい生き方、ために生きる利他主義を訴えていこうとされました。それは、「私たちを信じてくれ」という話ではなくて、「私たちの考えはこうですが、あなたの考え方も重要です。一緒に手を組みましょう」というものです。

 利他主義は、宗教の枠を乗り越えることができます。神様を中心として一家族世界をつくるためには、個人主義では限界があります。個人主義を超えて、他のために生きる世界を、音楽を通して、あるいはマルチメディアを使って、そういう善なる世論を形成していきたいと思っておられたのです。

 また、これは簡単なことではなく、この先、十代くらいはかかる事業だとも考えておられました。

 一人一人に対し、「真の父母様はメシヤですよ」と伝えて修練会に導くという従来のやり方ももちろん否定はしないのですが、一般の人たちの良心レベルをごっそり上げていかない限り、真のお父様に貼られた悪いレッテルを取り除くことはできないと考えておられたのです。

 その一貫した姿勢は生涯変わらなかったと思います。孝進様は、「自分の人生があと何日残されているか、知っているのか? 死ぬまでに何かを残さないとだめだろう」と毎日のようにおっしゃいました。孝進様は、常に一分一秒を待てないという強烈な切迫感の中で生きておられたように思います。

 孝進様は人から、「音楽をやりたいからやっているんだ」と思われるのを一番嫌っておられました。「音楽やアートは、全ての人間を一人残らず理想郷に導くための道しるべの役割をしなければならない。それ以外に音楽をする意味はない。それができなければ、やってはいけない」とまで言い切っておられたことを、私は知っています。

 孝進様には個人的な趣味はありませんでした。真の父母様を解放することで頭がいっぱいでした。音楽制作はそのためのツールであり、時間があればそこに没頭されました。

 また、ベルベディアのスタジオを訪れた教会のリーダーには、マルチメディアの重要性を語られ、それぞれがリーダーとしての務めを果たせるように、常に兄の立場で叱咤激励されました。

 その内容は、日頃私たちに語っておられることとほぼ同じで、精神論として「死ぬことに集中しろ。人生は長くない。後悔しないように生きろ」と強調されました。
 孝進様が危惧しておられたのは、「リーダーというのは、組織の中にいると、どうしても官僚的な発想に毒されやすいから、保身に走りやすいし、惰性に流されやすい」ということでした。そのためにも、「傲慢になるな、謙虚になれ」というのが、孝進様の一貫したお話でした。

(続く)

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 次回は、「音楽で世界の個人主義に闘いを挑まれた」をお届けします。