2022.06.25 17:00
幸せを引き寄せる 11
人間関係円満
もう一度皆さまにぜひ読んでいただきたい、編集部イチオシ!なコンテンツをご紹介。
「幸せを引き寄せる〜『愛天愛人愛国』家庭生活講座」を毎週土曜日配信(予定)でお届けします。
なお、この記事に記載されている「自叙伝『平和を愛する世界人として』」のページ数は創芸社出版のものです。
浅川 勇男・著
第二章 人を愛する生活
人間関係円満
私たちは一生の間でごくわずかな人としか出会いがありません。人類は七十億人以上、日本で一億二千万人もいるのに、出会う人たちはごく一部の人たちだけです。家族、親族、学校の同級生、先生たち、会社の同僚、町内の住民たち、などです。
その人たちが、十年、二十年後に、自分の人生にどんな意味を持つようになるか予知できません。今、嫌っている人が、将来、私の援助者になるかもしれません。ですから、どんな人でも、大切にしなければいけないのです。人生に意味のない出会いはありません。人のために生きて、感謝されることが幸福の種蒔きになるのです。決して人を見下したり、粗末に扱ってはいけません。蒔いた種は必ず刈り取らなければならないからです。
文鮮明先生は人間関係の大切さについて次のように語られています。
「その人が十年後、二十年後にどのようになるか分からないというのです。ですから、良かろうと悪かろうと、因縁を結んだ人すべての人々、あるいはすべてのことを大事にしなければなりません」(『愛天愛人愛国』86ページ)
では、どうしたら、どんな人とでも円満な関係を築くことができるのでしょうか?
文鮮明先生のご指導に従って学んでみましょう。
いつも笑顔で接する
「人に対するときには、笑顔で対さなければなりません」「笑顔で気分の良い姿は、みな見つめます。気分の悪い表情をするのは悪です。ですから、向き合う時には、必ず笑顔で頭を下げなければなりません。人間は、いつでも笑顔で話したいと思っています」(『愛天愛人愛国』58ページ)
「笑う門には福来る」と言われるように、笑顔は、人間関係の心の壁をなくし、警戒心や緊張感を解きほぐします。心と心が通じるようになるのです。
愛ある言葉で語りかける
「私たちの同僚関係においても、一言間違って失敗すれば、その一言間違ったことによって、その関係が壊れることもあります。もし言葉を間違えば、その言葉を言った人も苦痛を受け、その言葉を聞く人も苦痛を受けるのです」(『愛天愛人愛国』61ページ)
言葉には不思議な力があります。愛と思いやりを持って語れば、人を励まし勇気づけることができます。口から言葉が出る前に、人を元気づけるのか、傷つけるのか、よく吟味しなければなりません。言葉は一旦口から出てしまえば、もはや回収できません。人間関係とは言葉のやり取りです。怒りなどの感情のままに語った言葉は大概、人の気分を害します。悪い言葉は口から出る前に心の中で噛(か)み砕き、相手の心の栄養になる言葉のみを発しましょう。
心を開いて人の話を聞いてあげる
「人が自分に話しかけてくるときは、真摯に聞いてあげるのです。夜を徹して聞いてあげなさい。ここから事が始まるのです」(『愛天愛人愛国』59ページ)
「私は誰でも気持ちがすっと通じます。お婆さんが来ればお婆さんと友達になり、子供たちが来れば子供たちとふざけたりして遊びます。相手が誰であっても、愛する心で接すればすべて通じるのです」(自叙伝、76ページ)
人はとかく、自分の話を聞いてほしがります。聞くよりは、話すほうが好きな人のほうが多いようです。人の話を聞くためには、忍耐と根気を要するからです。聞き触りの良い話ではなく、聞くに耐えない嫌な話もあります。ついつい相手の話を折ってしまいます。また、思い込みと決め付けで人の話を聞くので、相手の真意が分からずトラブルになることもあります。
人間関係円満のためには、人の話を心から聞ける豊かな耳を持たなければなりません。ひょっとすると、観音様の耳が大きいのはそのためかもしれません。観音とは、世の人々の悲しい声、苦しい声を観ることだそうです。慈悲慈愛の修行をなさっている方なのです。私たちも「耳なし芳一」ではなく「観世音菩薩様」になりましょう。
他のために生きる
神様は、私たちを幸せにしたいと思っていらっしゃいます。この世だけではなく、死後の永遠の世界でも幸福になることを願っておられるのです。そのために、多くの人に出会わせてくださっているのです。
私の永遠の幸せのための心磨きとして、人と出会っているのです。意味のない偶然の出会いはないのです。その人との出会いなくして永遠の幸福になれないのです。人との出会いの背後に神様の愛があるのです。それゆえ、謙遜な心が大切です。「人の振り見て我が振り直せ」という言葉があります。良い人に出会ったら、その人を師として学ぶのです。
また、嫌な人がいたら、その嫌な部分が自分にも必ずあると悟って直すのです。そうすれば、嫌な人も人生の師になります。
人生は、「心磨きの学校」なのです。自分は未熟な生徒なのです。そして、そこでの先生こそ、出会っている人々なのです。それゆえ、出会う人々から謙遜に学び、人のために生きることが、幸運を引き寄せる秘訣になるのです。
そして、とても大切なことは、出会った人の幸せのために生きることです。神様がその人を助けるために私を送ってくださったのだと悟ることなのです。
文鮮明先生は友達と円満な関係を築くために、次のように言われています。
「友達のために犠牲になり、奉仕をするときに、『一番良い友達だ』というのです。
しかし、『私のために生きなさい』というときは、友達が全員遠ざかります」(『愛天愛人愛国』88ページ)
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次回は、「ご先祖への愛」をお届けします。