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『祝福家庭』79号(2015年 冬季号)
誌上説教
本心を見られるメシヤ

柴沼邦彦(777双)

 前回と今回、2回に分けて紹介します。

真のお父様の「ために生きる」生活

 真のお父様は、1984年、無実の罪でダンベリー連邦刑務所に収監されました。
 お父様は200人ほどいた囚人たち一人一人の名前を覚え、彼らの考え方や生活に気を配られました。

 例えば、「あの囚人には誰も面会に来る人がいない。彼のためにできることはないだろうか」といった具合です。

 お父様にとって、「この刑務所にいる全ての囚人は、神様から任せられた自分の子供」でした。
 本人も気づいていない囚人たちの本心を見抜いて愛していかれたのです。

 囚人たちは当初、真のお父様を「ヘイ、ムーン」と呼んでいたのですが、4か月もたたずに「ファーザー・ムーン」と呼ぶようになりました。
 お父様の真の愛と「ために生きる」生活に触れ、囚人たちの心が転換されていったのです。

 ダンベリーにイグナチオという囚人がいました。
 あるとき、彼が、真のお父様がみ言を訓読していらっしゃるところへ来て、「私の聖書はこれだ」と言って『ハスラーマガジン』というポルノ雑誌を投げつけていきました。

 しかしお父様は、何事もなかったように訓読をお続けになりました。

 のちに、その雑誌に「レバレンド・ムーンは、米国の若者たちを洗脳し、彼らを自分のために働かせている」という批判記事が載りました。
 イグナチオはその記事を読んで非常に憤慨しました。そして雑誌の編集長に抗議の手紙を書いたというのです。

ハスラーマガジンへの抗議の手紙

 19841212日 ザスティン・イグナチオ

 私は『ハスラーマガジン』の愛読者であるとともに、ダンベリー・プリズンキャンプの囚人である。私の友なる囚人のレバレンド・ムーンについてのあなたの記事はあまりにもひどく、かえって私を笑わせたほどである。

 私にとって、また多くの友なる囚人たちにとっても、その記事がレバレンド・ムーンを悪く書くつもりであったとしたら、1マイルも的を外れているからである。ミスター・ターナー(記事を書いた人)のちっぽけな主張と、ジム・フォーレスによる、明らかに薄っぺらでヒステリックな報告以外の何ものでもない。

 レバレンド・ムーンは、われわれ米国人がわれわれの子孫たちに伝えたいと希望する、全ての事柄のために戦いを挑んでいる。それは、婚前交渉やドラッグに反対し、反共であり、妻への愛、家庭への献身である。

……

 最後に、これは言わせてくれ。私はレバレンド・ムーンと並んでキッチンで働いている。そして私は、彼が彼に要求された全ての義務、すなわちトイレを洗うことや、床の雑巾掛けを含む全ての仕事を、笑顔で、一言の不平も言わずに遂行するのを見てきたのだ。

 ここにいる他の囚人たちについて、これと同じことが言えたとしたら、どんなにいいかと思うのだが。
 彼は決して偉ぶることをしないで、われわれの仲間の一人として生活している。

 私の面会日と、レバレンド・ムーンの面会日が同じなので、私は、彼が彼の家族に会うのを見て、レバレンド・ムーンが献身的な夫であり、愛し愛される父親であることを知った。もし米国にレバレンド・ムーンのような人がもっといたならば、恐らくこの国は今のような悲しい姿になっていなかったであろうと思うのである。

 真のお父様の「ために生きる」生活を目の当たりにし、感動することで、彼の心は変化を遂げていったのです。

真の愛の人間に生まれ変わろう

 人類のメシヤなる真のお父様、真のお母様は、人々に対するとき、その人の背後にある神様の心、神様の願い、神様の思いを感じられ、さらには、人間の奥底にある本心を感じて生活していらっしゃいます。

 堕落した血統の中に生まれ、また堕落した環境の中で生きなければならない私たちの心は、真の父母様のような心になることは簡単ではありませんが、神様を中心として物事を見詰めようと意識して、自分の生活を変えていかなければなりません。

 神様と真の父母様とのかかわりの中で、私たちが真の愛の人間に生み変えられ、重生していくのです。
 私たちが真の愛をもって人間の本心を見詰め、生活することの大切さを教えてくれています。

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 こちらの内容は『祝福家庭』79号「誌上説教」で全文をお読みいただけます。
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