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コラム・週刊Blessed Life 218
NATOとロシア、そしてウクライナ戦争

新海 一朗

 今回のウクライナ戦争を考える場合、NATO(北大西洋条約機構)とは何かをもう一度振り返ってみる必要があります。
 その理由は、ロシアとNATOが鋭く対立してきた経緯があり、NATOの存在とその動きをロシアは嫌悪しているからです。

 そもそもNATOの成立は、1949年にさかのぼります。その目的は、対共産主義の軍事同盟ですから、当時のソ連がNATOに対して好感を持つわけはありません。
 ヨーロッパと米国の30カ国がソ連の共産主義拡大を恐れて結んだ軍事同盟となれば、どれほどソ連NATOを毛嫌いしたか、想像がつきます。

 1991年にソ連が崩壊し、米ソ冷戦が終わりを告げた時点で、ソ連の潜在的な脅威は消えたはずですから、NATOの意義はどうなるのか疑問が生じます。
 そこで、NATOは多様なリスクに対応していく方針をうたう中で、ロシアを敵とみなさないという基本議定書を1997年に交わしました。そして1999年、NATOの設立50周年に際し、「平和のための域外軍事行動」を明記して戦略概念を改変します。

 NATOの目的が揺れ動く中、2001年の米国同時多発テロが起きると、NATOはロシアとの間で「ローマ宣言」を行い、安全保障維持のため、旧東側(旧ソ連圏の国々)と協力し合うという方針を打ち出します。
 とは言っても、やはり、水面下では、2004年のウクライナ大統領選挙に対する西側の干渉(オレンジ革命)や2008年のロシアのジョージア侵攻など、西側のNATO体制とロシアの確執は冷戦時代の様相を解消できずに続くのです。

 そこで2010年、NATOは「ロシアとの対話・協力」を促進するという目的を新戦略概念として掲げることになりますが、それは取りも直さず、ロシアの失地回復の動きとそれを嫌うNATOの戦略(東方拡大)が鋭く対峙(たいじ)していることの裏返しでもあることを表しています。

 結局NATOは、「対ソ連」「対ロシア」の軍事的な方針を一貫して維持しているということですから、米ソ冷戦時代の構図は崩れていないことになります。
 ですから今回のウクライナ戦争は、NATOとロシアがウクライナを取り合う激突の構図であると結論することができます。

 ウクライナは、NATOとロシアの戦いによって、いけにえにされている状態であると言った方が適切です。
 ロシアとウクライナの戦いと見るよりも、その根っこを見てみると、ロシアとNATO(特に米国)の戦いの犠牲にされた格好がウクライナの大地であると見てよいでしょう。ロシアの餌食となり、米国の餌食にされているかわいそうなウクライナという見方ができるのです。

 それでは、より大きな非はどちらにあるのかと言えば、無謀な侵攻を始め、大義のない戦争を起こしたロシアの方により大きな非を認めざるを得ないということでしょう。
 帝政ロシア(専制主義、独裁主義)からソ連(共産主義、独裁主義)へ、ソ連からロシア(帝政ロシアの復活)へと変転する北方の大地ですが、その抑圧的全体主義、独裁的専制主義は一貫して変わっていません。

 これは、ロシア国民の幸せを考えた場合、天の摂理は、抑圧的な監視社会の全体主義、独裁主義を良しとすることはできませんから、ウクライナ戦争の結末は明らかです。

 ロシアのトップリーダーたちは大きな悔い改めを必要としています。