親育て子育て 19
子供の親離れ、親の子離れ

(APTF『真の家庭』197号[2015年3月]より)

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ジャーナリスト 石田 香

子供は大人になるにつれ親から離れていくものなので、適度な距離感を

子離れできない親

 「とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている 男東大どこへ行く」というコピーのポスターが東京大学駒場祭に登場し、話題を集めたのは1968年でした。作ったのは、当時、東大に在学中の橋本治さんで、後に小説家・評論家として活躍するようになります。当時、はやっていたやくざ映画を背景に、母親離れができない東大生と、学園紛争に揺れる東大を皮肉ったものです。691月には東大安田講堂が過激派によって封鎖され、同年の東大入試が中止になりました。

 その頃から、大学生の入学式に参列する親が増え始めていました。数年前、東大の入学式でスピーチを頼まれた建築家の安藤忠雄さんは、会場の1階席に3000人の新入生がいるのに対して、23階席に親たちが6000人もいるのにあきれて、「学生たちを自立させるには、親子の縁を切らなければなりません。ついては、親御さんたちはここから退場してください」と呼び掛けたそうです。

 安藤さんは家が貧しいこともあって独学で世界的な建築家になり、後に東大教授にも招かれた人です。世界的に競争が激しくなるこれからの時代、世界に通用する人間を育てないと、日本はやがて立ち行かなくなってしまいます。

子供と共に成長する親

 幼児期の母子密着は、子供の心の安定からも必要ですが、大人になっていくにつれ、親は上手に子離れしていかなければなりません。最初に目立つのは、小学校の中学年の頃から、親よりも友達のことを気にするようになることです。学校などで子供は子供なりの社会で生きるようになりますから、家庭よりもそこのルールを優先するようになるのです。その傾向は、中学、高校と進むにつれて強まっていきます。

 そうした変化は、子供の成長として喜ぶべきことなのですが、とりわけ母親の中には、自分の役割がなくなっていくように感じてしまう人がいます。しかも、そろそろ中年期に差し掛かり、仕事が中心の夫との会話も少なくなると、家庭における自分の価値が失われていくようで、孤立感を深めてしまいがちです。

 子供と共に成長していくのが親ですから、子供が徐々に手を離れて行くと、仕事や趣味、ボランティアなどを増やして、自分の世界を広げていくようにするのが、子供から見ても好ましい親と言えます。そうやって社会的な活動をしていく中で得た知恵や知識が、子供との会話の中でも生かされると、互いに自立した人間同士として、より深い交わりができるようになります。

社会が育ててくれる

 子供がアルバイトをする年齢になると、社会が子供を育ててくれるようになります。ですから、その場に登場できる最低限のマナーを身に付けさせるのが、家庭の役割とも言えます。専門学校に入り、独り暮らしを始めた息子が、バイト先の店長や銭湯で出会ったお年寄りに教えられたことを、楽しそうに話してくれたことがあります。昔から、「かわいい子には旅をさせよ」と言われるように、他人の飯を食べることが、大人になっていくには不可欠なのです。

 子供が大人になっていくにつれ、母親より父親の出番が増えてきます。その分、父親としてはうれしいでしょうが、あまり自慢話はしないで、むしろ子供の話を聞いてやることです。勉強やクラブ活動など、高校生にもなると、親の経験を超えるようになりますから、子供の話を聞かないで自分の考えを話すと、見当違いになってしまうことがあるからです。

 子供が家を出て暮らすようになると、母親は好きな食べ物を送ったり、部屋の掃除に出かけたり、生活レベルでの手助けをするようになります。それに対して父親は、将来の進路や社会の状況など、より大局的な話をすることが多くなります。そうやって父親の役割と母親の役割をバランスよく行うことが大事です。

母性原理のよさを生かし

 子離れと言っても、心が離れるわけではありません。とりわけ日本の母親は、子供がいくら年を取っても、母親という気持ちを強く持っています。私は、夫の母親を介護するため、家族で夫の実家に引っ越しましたが、そこでよく分かったのは、男性にとっての母子関係の強さです。

 痴呆が出始めた母を夫が病院に連れて行ったところ、医師に名前を聞かれた母は、何度も息子の名前を告げていたそうです。25年間、独り暮らしを続ける間、息子のことをいつも心にかけていたのでしょう。

 3年間、家庭で介護して、歩けなくなってからは老人施設に入り、時々、夫が車で家に連れて帰ったり、親戚を回ったりしていました。そうやって10年間、一緒に暮らして旅立っていった母は、女性として幸せだったと思いますし、夫も最後の段階で親孝行できて納得しています。

 子供が親から離れていっても、どんなに家族の在り方が変わっても、親子の血縁関係がなくなるわけではありません。個人主義が発達した欧米社会の方が、居間に家族の写真を飾ったり、誕生日などに集まったり、むしろ日本人以上に家族の絆を大切にしています。

 少子高齢化が進む日本では、家族の絆が薄れ無縁社会化が心配されています。大都市でホームレスになる人を調べると、一番の原因は家族との関係が切れていることです。孤立し、不幸になるのを防ぐためにも、日本社会の伝統である母性原理のよさを生かしていくべきだと思います。