コラム・週刊Blessed Life 177
東京オリンピック開催! どう受け止める!?

新海 一朗(コラムニスト)

 7月23日、東京2020オリンピックの開会式が異例の無観客で行われました。

 日本文化の和の心を強く感じさせる開会式のアトラクションでは、夜空にドローン1824台で東京五輪のエンブレムが描き出され、そのエンブレムが地球へと姿を変えるという美しい光のモニュメントによる演出がなされました。
 複雑な動きをするダンサーたちがつくり上げ、表現したものも東京五輪のエンブレム「組市松紋」でした。
 江戸時代に「市松模様」として広がったチェック柄を日本の伝統的なカラーの藍色で表現し、「日本らしさ」をアピールする狙いの中に、「多様性と調和」のメッセージを込めたというものです。

 振り返れば、2020年に開催されるはずの東京五輪は、世界を襲ったコロナ禍とぶつかり、延期という羽目に陥ってしまいました。
 人々が思ったのは、1年後にはおそらくコロナも鎮まり開催できるだろうという「期待感」でしたが、コロナが沈静化する兆しは見えず、そんな中で中止か開催かを巡り、IOC(国際オリンピック委員会)およびJOC(日本オリンピック委員会)の思惑、選手たちの思い、政治の決断と逡巡(しゅんじゅん)、一般国民の思い、さまざまな思いが絡み合って果てしない議論が続きました。

▲東京の空に五輪を描くブルーインパルス

 ここまで準備してきて結局中止という選択は、あまりにも「情けない敗北感」しか残らないと関係者一同は感じたのでしょうか。万難を排して、どんな批判を浴びようと開催する道を選んだという印象が強烈に伝わってきました。

 中止にせよ、開催にせよ、どんな合理的な理由が示されようと、迷路の中を進んだ結論への道は、詰まるところ、「開催」にたどり着いたのです。
 ここまで、事態を複雑にした責任は誰かと問えば、それは「新型コロナである」と言わざるを得ませんが、そのことを置いて、それでも東京五輪を開催せよと最後に押したのは、一体誰でしょうか。
 それを「天の意志」と見る見方があると、ここで申し上げたい気持ちです。

 なぜでしょうか。
 開催、中止、云々(うんぬん)の渦中にいたトーマス・バッハIOC会長の言葉が、最終的に「天の意志」を感じさせるものであったからです。

 「今、世界は希望を求めている。だからこそ、今、開催することが世界へのポジティブなメッセージとなる。新型コロナという大変な状況を世界中が経験した中でも大会を開催することで日本の偉業を示すことができる。大会は希望と結束の象徴となる」と開催の意義を語ったバッハ会長の思いの中に、「神の御心(みこころ)」を感じることができます。

 言い換えれば、開催は新型コロナに屈しなかった精神の表明であり、それはそのまま「日本の偉業」なのだとバッハ会長は強調したのです。
 そして開催は「希望と結束」の象徴であると、バッハ会長は念を押しました。まさしくそうだと思います。異論はありません。

 厳しい状況の中、開催にこぎつけた東京五輪は、無観客という異例ずくめの大会でありながら、それでも大会を立派にやり遂げたという実績をもたらすならば、それこそが人類が結束して苦難を乗り越え、明日の希望を拓(ひら)くことができるというポジティブな意志、高貴なメッセージを示したことになるでしょう。

 あとはできるだけテレビの前で観戦し、応援を送ってあげることです。選手たちの精いっぱいの競技に拍手を送ってあげることです。

 心を込めて、東京五輪に祝福と栄光を!!