愛の知恵袋 151
かわいい子には旅をさせよ

(APTF『真の家庭』272号[20216月]より)

松本 雄司(家庭問題トータルカウンセラー)

うまくいかなかった若夫婦

 ある若い夫婦のことで、妻側の実家の母親から相談がありました。「娘が家に帰ってくるたびに、『夫はボンボンで何も自分で出来ないの。子供じゃあるまいし、自分の事は自分でやってほしいわ』と不満を言うんです。初めは愚痴の程度でしたが、今はもっとひどくなって、『私は子育てで大変なのに、許せない!』と言って離婚でもしかねない様子なんです…」ということでした。

 ところが、1週間ほどして、夫側の実家の父親から相談がありました。「息子が相当悩んでいるようで心配です。とにかく、あの嫁さんは親のしつけができていないんですよ。家事もちゃんとできないし、特に子供が生まれてからは家は散らかり放題で、いつもイライラして夫に八つ当たりするので、喧嘩が絶えないらしいんです」。

すねかじりのまま結婚した二人

 私はピンとくるものがあって、二人の結婚前の生活状態を聞いてみました。すると、二人とも学生時代も卒業後も結婚するまでずっと実家で暮らしていたとのこと。

 これでは、二人が自立力に乏しく、“自分のことを早く済ませて相手のことを考えてあげる”という結婚時の心得が身についていなかったのは当然です。

 親と同居していると、どうしても依存心が抜けきれません。結局、食事も洗濯も掃除も入浴準備も親がやってくれるままに甘んじてしまいます。また、親が生活費用も負担してくれるのであれば、しっかりした金銭感覚も身につきません。

 ご両親に「どうして一人暮らしをさせなかったのですか」と聞いてみました。A家のほうは「短大も勤務先も家から通える距離だったし、一人にさせるのが心配だったので」とのこと。B家は「一緒のほうが便利だし、経済的に助かるので」ということでした。

 近年の社会状況を考えれば、どちらの判断も理解はできるのですが、実家に同居させる場合の子供への対応に、もう一つ思慮が必要ではなかったかと感じました。

 もし、事情があって、子供が成人しても同居させる場合は、食事代や生活費で応分の負担をさせたり、炊事、洗濯、掃除、買い物など家事を分担させるなどして、経済感覚と家事能力を身につけさせておきましょう。

子供に苦労もさせるのが真の愛情

 子供を自立できる社会人にし、結婚した時に夫として妻としてうまくやっていける能力を身につけさせたいと思うなら、まず、同居しているうちに家事の基本を教えておき、その後、必ず家から出して一人暮らしを経験させたほうが良いと思います。

 私の場合は、小・中学校までは親元においてくれましたが、高校からは家を出て別府市で3年間下宿生活をしながら学校に通いました。1年生の時は会社員の家で間借りして暮らし、2年生の時は高校教師の家で間借りし、3年生の時は税務署員と元中学家庭科教師の夫婦の営む学生アパートで暮らしました。

 「他人の飯を食う」という諺の通り、三つの家の釜の飯を食べることになりました。

 甘えん坊だった私も、自分のことは全て自分でしなければならなくなり、この時期に自立心が培われたような気がします。お蔭で、田舎者で東京など行ったこともなかった私が、大学受験の時は、同級生はみな親がついて行くのに、私は一人で行けました。

 その後、大学時代はアパート暮らしで、社会人になってからは全国各地を転勤してきましたが、そのことを辛く感じたことは一度もありませんでした。

振り返れば、両親の深い愛情

 結婚してからは、妻が炊事と洗濯をしてくれるようになったので、大変ありがたく思いました。それでも、靴下が破れればつくろって履き、ボタンが取れたらつけなおし、下着が古くなればゴムひもを入れなおし、ズボンやワイシャツにアイロンをかける…といったことぐらいは、妻に世話をかけずに自分ですることができました。

 妻は笑いながら「お父さんって器用ねえ、助かる~!」と言っていました。

 男であれ女であれ、「結婚する」ということは、「伴侶のことを助けてあげ、子供たちの面倒を見る」ということを意味しています。自分のこともきちんとできない状態で、他の人を愛するとか、世話をするとかいうことが果たしてできるでしょうか。

 ですから、親としては、子供が結婚するまでに、自分のことは自分で出来るように訓練し、さらに、人のお世話もしてあげられるように教育しておきたいものです。

 「かわいい子には旅をさせよ」……先人の言葉には深い知恵を感じます。

 私も親元から離れた時、寂しくなかったと言えばうそになりますが、今、振り返ると、心を鬼にして私を旅に出してくれた父と母の深い愛情に感謝せずにはいられません。

オリジナルサイトで読む

 次回の配信は7月9日です。