【韓国昔話21】まぬけなオンダルとピョンガン姫
昔、昔、韓半島が、高句麗と百済と新羅に分かれていた時代の話です。
高句麗の第二十五代の王様である平原王のときに、オンダル※という若者がいました。
オンダルは、顔はでこぼこでおかしな顔をしていましたが、心は美しい人でした。オンダルは、家が貧しく、いつも乞食をして歩きながら、目の見えない母親を養っていました。
ぼろぼろの服とすりきれた履物をはいて通りを行き来するので、人々は彼を指して、「まぬけなオンダル」と言いました。
「まぬけなオンダル」のうわさは、宮殿にいる平原王の耳にも届いていました。
ところで、平原王には、ピョンガン姫というとても泣き虫の王女がいました。
ピョンガン姫が一度泣き始めると、その泣き声は宮殿中に響き渡り、誰がどんなになだめても泣きやみませんでした。
それで、平原王はピョンガン姫に、冗談まじりにこのように言って聞かせました。
「ピョンガン姫よ、そんなに泣いてばかりいると、大きくなって、貴族の妻になることができないぞ。まぬけなオンダルにでも嫁がせなければならない」
不思議にも、そのときからピョンガン姫は、その言葉を聞くとぴたっと泣きやむようになりました。
やがて月日は流れ、ピョンガン姫が十六歳になると、平原王は、ピョンガン姫を貴族である高氏のもとに嫁がせようとしました。
すると、ピョンガン姫が王様に言いました。
「お父様は、『おまえは必ずまぬけなオンダルの嫁にしなければならない』とおっしゃっていました。ところが、どういうわけで、常におっしゃっていたお言葉を変えようとされるのですか。平民たちもウソをつかないようにしているのに、まして、尊貴なお方がウソをついてよろしいのですか。ですから、世の中では、『王様は、戯れに言葉を発しない』と言うのです。お父様のご命令は間違っていますので、わたしは、そのご命令に従うことはできません」
王様は、この言葉を聞いてとても怒りました。
「おまえは、わたしの教えに従わないので、もうわたしの娘ではない。どうして一緒に暮らせようか。おまえが行きたい所に行ってしまえ!」
王様は、ピョンガン姫を宮殿から追い出してしまいました。
宮殿から一人追い出されたピョンガン姫は、道で会った人にオンダルの家を聞き出し、その家に訪ねていきました。
家には、目の見えない年老いたオンダルの母親がいました。ピョンガン姫は、母親の近くに行ってひざまずき、深々とあいさつをしたのち、オンダルのいる場所を尋ねました。
すると、オンダルの母親が言いました。
「わたしの息子は貧しく卑しい者なので、貴いお方がお近づきになるような者ではございません。今、あなた様のにおいをかいでみると、その香りはただならず、手に触れてみると、その柔らかさはまるで綿のようです。きっと身分の高い方でしょうが、だれにだまされてここに訪ねてこられたのですか。わたしの息子は、空腹に耐えられず、にれの木の皮をはぎにいってから随分たちますが、まだ戻ってきません」
ピョンガン姫は、オンダルを探しに出かけました。
ピョンガン姫が山のふもとまで来ると、にれの木の皮を背負って歩いてくるオンダルに出会いました。
ピョンガン姫は、オンダルに自分の思いを告げました。すると、オンダルはかっと腹を立てて言いました。
「このような場所をうら若い女性が歩いているわけがない。だから、おまえは人ではなく、間違いなく化け物に違いない。近くに寄るな」
オンダルは、ふりかえりもせずに行ってしまいました。
ピョンガン姫は、一人、後からついてきて、オンダルの家のしおり戸の下で一晩を過ごしました。
翌朝、ピョンガン姫は、再びオンダルとオンダルの母に、それまでの出来事を詳しく話しました。
ピョンガン姫の話を聞いて、どうすればよいのか分からず、オンダルが決断を下せずにいると、母が言いました。
「わたしの息子はとても卑しい身分の者なので、貴いお方と夫婦になることはできません。また、わが家はとても貧しく、貴い方が住める場所ではありません」
すると、ピョンガン姫がこのように言いました。
「『一斗の穀物さえあれば臼をつくことができ、一尺の布地さえあれば針仕事ができる(貧しくても、決心さえすれば一緒に暮らすことができる)』と、昔の言葉にあるように、心さえ通い合えばよいのであって、富貴になってからでなければ一緒に暮らせないということがあるでしょうか」
このようにして、オンダルとピョンガン姫は一緒に暮らすようになりました。
ピョンガン姫は、宮殿から追い出されたときに、王妃である母がもたせてくれた数十個の金の腕輪を売って、畑と家、馬と牛、各種の器などを買い入れ、日常生活の用具をすべてととのえました。
馬を買ってくるとき、ピョンガン姫は、オンダルにこのように言いました。
「絶対に巷の人が売っている馬を買ってはいけません。王様が乗っていた馬の中で、病気になり、やせ細って捨てた馬を選んで買ってきてください」
ピョンガン姫がこのように言ったのは、王様が乗っていた馬は足が速くて強い馬に違いないので、たとえ病気になった馬でも、しっかり世話をすれば普通の馬よりも優れた馬になることを知っていたからでした。
オンダルは、ピョンガン姫の言うとおりにしました。
オンダルが馬を買ってくると、ピョンガン姫は、熱心にその馬の世話をしました。すると、馬は日増しに肥えて健康になっていきました。
ピョンガン姫は、その馬でオンダルに武芸を習わせ、無学なオンダルに文字も教えました。そして、心を込めて、目の見えないオンダルの母親の世話をしました。
オンダルは、ピョンガン姫の助けを受けて文字を覚え、また熱心に武術の稽古をして、優れた武芸を身につけるようになりました。
その当時、高句麗では、毎年三月三日になると、楽浪の丘に集まって狩りを行い、その日捕まえたイノシシとシカで天の神と山川の神に祭祀を行う大会がありました。
その日になり、王様が狩りをするために宮殿を出ると、多くの臣下と兵士たちもみな、王様のあとに従っていきました。
このとき、オンダルも、ピョンガン姫が世話をした馬に乗って、その大会に参加しました。
「あなた、りっぱな狩りの腕前を見せてあげてください」
「分かりました。姫のために最善を尽くしましょう」
狩りの大会が始まると、オンダルは、だれよりも速く駆け、多くの獣を捕まえました。だれも彼にかなう者はいませんでした。
王様は、最も多くのイノシシを捕まえた青年を呼び寄せました。
「どこに住んでいる何という名の者だ?」
「平壌城の城壁の外に住んでいる者で、名前はオンダルと申します」
王様は、その名前を聞いてとても驚き、そのりりしい姿を見て、また驚きました。
それからしばらくたったとき、高句麗の領土である遼東地方に、中国の武帝王が攻め込んできました。
高句麗の王様は、兵士たちを率いて出発し、中国の兵士たちを拝山の野に迎えてたたかいました。
高句麗の軍隊は勇敢にたたかいましたが、しだいに敵に押されて後退していきました。そのような中、
「退くな! 突き進め!」
叫び声とともに、一人の武士が疾風のように現れ、先頭を切って駆けていきました。その武士は、剣をふりかざし、みるみるうちに数十人の敵を切ってしまいました。
オンダルでした。
士気を失いかけていた高句麗の兵士は、その姿を見て心をふるいたたせ、勢いに乗って中国の兵士たちを打ち、大勝利をあげました。
たたかいが終わったのち、王様はすべての兵士を集め、一番の功労者について論じさせました。
すると、誰もが口々に言いました。
「オンダルが一番です」
王様は、オンダルを呼び寄せました。そして、オンダルをほめたたえたのち、すべての高句麗の兵士たちに向かって高らかに宣言しました。
「この人はわたしの婿である!」
王様は、オンダルが国王の婿であることをついに認めたのです。
王様は、オンダルとピョンガン姫を宮殿に迎え、オンダルに「大兄」という官位を与えたのち、ピョンガン姫に声をかけました。
「すまなかった。おまえをこのように追い出すとは‥‥」
ピョンガン姫は、涙にぬれた顏をあげて答えました。
「いいえ、お父様。私は、むしろ今が幸せです」
王様は、ピョンガン姫とオンダルのために宴を催しました。
このときから、王様のオンダルに対する寵愛はさらに深まり、オンダルの威厳と権勢は日に日に増していきました。
平原王が亡くなり、平原王の子供である平陽王が、高句麗の第二十六代の王位についた年、オンダルが王様に申し上げました。
「わが国の領土である漢江の北側の地は、いまだ新羅に奪われたままです。わが国の民は、父母の国であったその地を今なお忘れられず嘆いています。王様が愚かなわたしを信じてくださるのなら、兵士をわたしにお与えください。行って、必ずわが国の領土を取り戻してまいります」
王様は、この申し出を聞き入れ、オンダルが兵士たちを率いてたたかいに出ていくことを許しました。
出発に際して、オンダルは王様に誓いを立てました。
「鶏立と竹嶺の西側の地を取り戻すことができなければ戻ってきません」
オンダルを大将とする高句麗軍は、勇ましく出かけていきました。
ところが、阿旦城のふもとでたたかっているとき、先頭を駆けていたオンダルは、敵の新羅軍の矢に当たって、目的半ばで死んでしまいました。
オンダルの部下の将軍たちはオンダルの死を悲しみ、戦場でオンダルの葬式を行おうとしました。
ところが、オンダルの遺体をおさめた棺を動かそうとすると、棺は全く動きませんでした。数人がかりで動かそうとしたのですが、全く動かなかったのです。
そこにオンダルの死を知ったピョンガン姫がかけつけました。
ピョンガン姫は、オンダルの棺を抱き締めてむせび泣き、棺をやさしくなでながら言いました。
「すでに生死は定まったので、恨を解いて安らかにお逝きください」
すると、ようやく棺は動き出し、葬式を行うことができました。王様は、この知らせを聞いてとても悲しんだとのことです。
終
※オンダル:三国史記に登場する歴史上の人物