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2014年04月05日

【韓国昔話17】悲しいキキョウの花

【韓国昔話17】悲しいキキョウの花

 昔、ある村にキキョウという娘が住んでいました。

 キキョウは、美しく、心のやさしい娘でした。村の人々は、キキョウに会うと、いつもキキョウをほめました。

 しかし、キキョウの顔には、いつも陰りがありました。なぜなら、キキョウは、父母も、兄弟も、親戚もいない孤児だったからです。

 ある日、泉で水をくんでいると、一人の少年が近づいてきて、キキョウに声をかけました。

 「水を飲みたいので、器を少しかしてくれませんか」

 キキョウは、だまって器に水をくんで少年に与えました。

 その日から、その時間になると、決まってキキョウは泉に水をくみに行き、決まって少年は、泉に水を飲みに来るようになりました。

 少年は、家柄の高い両班の息子で、人々から「パウ坊ちゃん」と呼ばれていました。パウは、いつもキキョウにあたたかく接しました。

 キキョウは、パウを「お兄さん」と呼ぶようになりました。キキョウとパウは、日増しにどんどん親しくなっていきました。

 ある日、パウは、キキョウの両肩をつかんで言いました。

 「いつか、ぼくのお嫁さんになってほしい」

 その日以来、キキョウは、パウのこの言葉をいっときも忘れませんでした。パウが近くにいないときでも、キキョウは、パウを思うと心があたたかくなるのを感じました。

 やがて、キキョウの顔は、みちがえるように明るくなりました。

 そのようなある日のこと、パウの思いもよらぬ言葉に、キキョウの幸福はこなごなにくだかれてしまいます。

 パウは、キキョウに言いました。

 「勉強をするために海を渡って中国に行きます。一度行けば、十年はかかるでしょう」

 パウは中国へ旅立っていってしまいました。

 パウが去ったのち、キキョウの顔には、再び昔のように陰りがさすようになりました。

 キキョウは、どうやって十年を待とうかと考えたすえ、山の奥深くにあるお寺をたずねていきました。

 キキョウは、お寺の住職に言いました。

 「ここに住まわせてください。そのかわりに、わたしが掃除もし、洗濯もし、ご飯も炊いて、山菜もつんできます」

 キキョウは、お坊さんから勉強も学び、仕事も手伝いながらパウを待ちました。

 そのようにして、一年、二年と歳月は流れ、いつしか、パウが約束した十年の歳月がたちました。

 キキョウは、くる日もくる日も、海を見下ろしながらパウを待ちつづけました。しかし、春が過ぎ、夏になっても、パウは帰ってきませんでした。

 見るに見かねた住職は、村に下りていって女衆にたずねてみました。すると、女衆が答えました。

 「パウ坊ちゃんは、勉強がすべて終わって帰ってくる途中であらしに遭い、海に落ちて、ゆくえが分からないそうです」

 住職はとても驚きました。

 寺に帰ってきた住職は、ためらったのち、意を決して、女衆から聞いた話をキキョウに伝えて、こう言いました。

 「もう、パウを待ちつづけるのはやめなさい」

 キキョウは、涙を流しながらも、その話を信じようとしませんでした。しかし、一年が過ぎ、二年が過ぎても、パウは帰ってきませんでした。

 「やはり、もうお兄さんは帰ってこないのか」

 キキョウは、お寺を出て、さらに深い山奥に入っていき、一人で生活を始めました。世の中との縁を切って、パウのことを忘れようとしたのです。

 ところが、どんなに忘れようと努力しても、忘れることはできませんでした。キキョウはパウを思い出すたびに山の神に祈るようになりました。

 「山の神様。もう私は、お兄さんのことを思い出しません。もしわたしがお兄さんを思い出せば、わたしに罰をお与えください」

 時は過ぎ、キキョウの顔にはしわができ、頭には白髪が目立つようになりました。キキョウは、やはりパウを忘れることができませんでした。

 「ああ、どうして、今でもお兄さんのことを思い出してしまうのだろう」

 我慢できず、キキョウは、また裏山に登って、時がたつのも忘れて海を見つめました。

 すると、山の神が現れてキキョウに言いました。

 「キキョウよ。どうしておまえはパウを忘れられないのだ? パウのことを思い出せば、罰を与えてくれとまで祈ったではないか」

 「はい、山の神様。忘れようと努力しましたが、どうしてもお兄さんを忘れることができません。どうか一目でも、お兄さんに会わせてください」

 「だめだ。おまえは今から、死ぬことも、老いることもせずに、パウだけを待ちつづけなさい」

 山の神がそう言うと、その場で、キキョウは花になってしまいました。

 それが、今日わたしたちが目にするキキョウの花であり、その花の色は、痛めた心の傷があざになって紫色をしているのだそうです。

 

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