光言社 編集者ブログ

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2020年06月25日

古い写真を見付けて

 先日、家の片付けをしていて、古い写真の入ったアルバムを見付けました。要らない写真もあるだろうと思い、整理する気持ちで中を見たのですが、あまりの衝撃に言葉を失いました。30年以上前の写真に、なぜか先日3歳になったばかりの息子が写っていたのです?! 

 というか、そうです、息子とあまりにもそっくりな顔の私が写っていたのです(笑、汗)

 

△父におぶさる幼少期の筆者(上)と筆者の息子(下)。両者ともハの字眉毛

 続けて見ていくと、父の若い頃の写真がありました。「お父さん、若い頃から顔変わってないな〜」と眺めていたのですが、ふと「どうして白黒写真なんだろう?」と思いながらよく考えてみると、それは祖父の若い頃の写真だったことに気づきました(笑) 

 実は、私は生物の授業で習った遺伝についての内容を、あまり信じていませんでした。たとえ親子であっても同じ人間はいないし、似ていない場合も多々あるからです。加えて、遺伝子が受け継がれることに、それほど意味があるように思えませんでした。そのため、ふとどき者の私は、聖書に「神は人を自分のかたちに創造された」(創世記127節)とあるのを、概念的に似せたと言っているだけだろうと解釈していました。 

 ところが、写真を見ながら遺伝子の持つ影響力の大きさを感じ、アダムとエバは神様にそっくりだったのかもしれないと思うようになりました。そして、真の父母様が神氏族メシヤ活動などを通して、私たちとより一層深く親子の因縁を持とうとされる意味が分かったような気がしました。祝福によって神の血統に接ぎ木された祝福家庭が、神氏族メシヤになり真の父母様の似姿となっていくことにより、子孫たちにその姿が〝遺伝〟していくのではないか……。 

 そこまで考えて、私のコンプレックスだったハの字眉毛をそっくりそのまま受け継いだ息子の顔が浮かびました。受け継がれるべきものだったからこそ遺伝したのだと思えば、コンプレックスも少しは和らぎそうです(笑)       

  

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